Lord of lords RAYJEND 第一幕「旅の幕開け」 第8章 考古学者アリエス

第90話 漆黒たる悪魔の夜会 -1-




「なんだお前達は、一体どこから入ってきた!?」
「フードを身に着けていないということは、忌まわしき異教徒だな? ゲマ様とバアトリ卿をお守りするのだ!」

突如頭上から現れた侵入者の姿に、黒いフードを被った信者達は武器を構えて立ちはだかる。
侵入者のうち一人はまだ幼さの残る少女。そしてもう一人は少年にも青年にも見える青い髪の男だった。
手にはそれぞれ大剣と長剣が握られており、明らかに信者ではない。無論ティエルとクウォーツの二人である。

「どこの馬の骨かは分からぬが、大司教ゲマに刃を向けたことを後悔させてやろう。この二人をひっ捕らえろ!」

ゲマが合図のように右手を突き出すと、黒いフード達が剣を手にしながら一斉にティエル達へと向かっていく。
随分と湾曲した厚みのある刃を持つ珍しい剣である。この地域に伝わる一般的な剣の形なのだろうか。
こんな緊迫した場でなければ手に取ってよく眺めてみたかったが、今はそんな悠長なことを考えている暇はない。


「……クウォーツ、わたしが時間を稼いでる間にリアン達の所に行って! 今なら混乱に紛れて助けられるから」
「私が時間稼ぎをした方がいい。この大人数を、お前の腕で足止めするのは難しいのでは」
「クウォーツの方が足が速いし追っ手も蹴散らせるでしょ? 私が助けに行っても、別の信者達に囲まれちゃう」


ティエルとクウォーツは背中合わせに剣を構え、周囲の信者達に聞こえぬように耳打ち合う。
目的は信者達を皆殺しにしてサバトの福音を壊滅させるわけではない。リアン達を救出し、ゲマの拘束である。
ティエルの言いたいことを理解したのか、クウォーツは軽く頷いてみせると弾かれるようにして駆け出した。

やはり目視では追えぬほど凄まじい速さである。彼が弾みをつけるために蹴った床は、若干削れてしまっていた。

しかしクウォーツの強さに頼っているばかりではいけない。
彼を妨害する追っ手を一人でも少なくするために、ティエルは気を引き締めて手に慣れ親しんだ剣を握り直す。
相手は皆黒いフードを頭からすっぽりと被っている。視界の広さや動きやすさは断然ティエルの方が上だろう。


襲い掛かってきた一人目の信者を、死角を利用しつつ剣で叩き伏せる。
すぐさま二人目と剣を交え相手の剣を遥か遠くへと弾き飛ばした。確実にティエルの剣術は徐々に上達している。
昔は時折ガリオンに稽古をつけてもらっていたが、今は完全に我流である。いつかクウォーツに剣を教わりたい。

ほっとする余裕もなく三人目を振り返ったとき、ティエルの背後から音もなく四人目の黒フードが襲い掛かった。
しかしその黒いフードの頭上から、ばらばらと二人の人間が落下してきたのだ。
既にリグ・ヴェーダを開いて戦闘態勢のジハードと、飛ばされぬように帽子を押さえているアリエスの二人だ。

勿論不意の出来事であったので、黒フードは二人分の体重を食らって声を上げる間もなく床に突っ伏している。


「ごめん、少し遅れたね。アリエスが高い所から飛び降りるのが怖いとか駄々を捏ねていたから、邪魔で邪魔で」
「ひっでぇなジハードくん。……カリュブディスもこんな鬼畜サディストのぶりっ子笑顔に騙されやがって……」
「何か言った? 声が小さすぎて殆ど聞き取れないんだけど」
「なんでもねぇよ、さぁ早速暴れますかね!」


黒フードの信者達を足止めしていたティエルにジハードとアリエスが加わり、難なく信者達を気絶させていく。
一方。十字架に鎖で括り付けられた二人の元へ辿り着いたクウォーツは軽く鎖を引いてみるが、びくともしない。
怪力のサキョウですら引き千切ることのできない鎖だ。当然である。

「すまんクウォーツ、いくらお前でもこの鎖は解けんよ。だがせめて、リアンだけでも抱えて逃げてくれ……!」
「無茶を言え」

無表情のままクウォーツはサキョウを拘束する鎖に手を触れながら、重さや太さ、頑丈度を調べているようだ。
その隣の十字架ではリアンが不服そうに口を尖らせている。
クウォーツが女である自分ではなく、真っ先に屈強な男のサキョウへ駆け寄ったことが彼女は面白くないのだ。


「……ちょっと、真っ先に駆け寄る相手が違うんじゃなくて? 普通は私の所へ真っ先に駆け寄るものでしょう」
「何故?」
「え、真顔で何故って言われても……屈強な男より、か弱い女を優先して助けるのは普通のことじゃないですの」
「意味が分からない」

首を傾げているクウォーツ。性別の垣根が曖昧である悪魔族に、救出の優先度をいくら説いても無駄な話である。
それから彼はリアンに顔を向けることもなく妖刀幻夢で鎖を削り始めた。
気の遠くなるような作業と思われたが、強い魔力で守られた刃は欠けることもなく確実に鎖を切断しつつあった。


既に聖堂内は大混乱である。
突然現れたティエル達を異教徒の襲撃だと勘違いをした信者達は、互いに押し合いながら出口へと殺到していた。
逃げる信者達に用はない。大司教ゲマさえ捕らえることができればそれでいい。

「死ね、罪深い異教徒どもよ!」
「ふっふっふ……このアリエス様を、ただのひ弱い考古学者だと思ってると火傷しちまうぜぇ?」

黒フード達に囲まれているというのに、随分とアリエスは余裕であった。
鼻歌を口ずさみながら握った杖をくるくると回転させている。単なる鼻歌と思いきや、実はれっきとした詠唱だ。
飛び掛ってくる黒フード達に向かって杖を振り下ろすと、灼熱の火炎が勢いよく放たれた。メギドフレアである。


「アリエスったら、炎が周囲に燃え移ったらどうするのさ? ……こんな乱闘状態じゃ極陣が発動しにくいなぁ」

背後から忍び寄ってきた黒フードの一人に肘鉄と足払いをかけ、ジハードは魔本を手にしながら一人ごちる。
魔法陣を使用する極陣は、本来後方からサポートするべき魔法である。敵味方入り混じる乱闘には向いていない。
だが元々体術の心得があった彼は、サキョウに稽古をつけてもらうことによって既に武闘家の域に達している。

接近戦では体術、サポート役に回る際には極陣魔法と治癒魔法で仲間を援護する。それが彼の戦い方であった。


「ジハード、いっそのこと武闘家に転向してみたらどう?」
「悪くはない話なんだけど、この類稀なる魔力を有効活用しなくちゃね。武闘派魔術師ってことでいいだろ」
「自分で類稀なるとか言わないでよ!」

半ば呆れながらティエルは竜鱗の剣を握り締め、一度腰で溜めてから勢いよく前に突き出す。
確かな手ごたえ。呻き声と共に黒フードは地に倒れた。……急所を外したつもりだったが、生死は分からない。
決して人を斬るのに慣れたわけではない。しかし、殺らなければこちらが殺られる。向かってくれば倒すだけだ。


「……ティエル。足止めはぼくらに任せて、あなたはクウォーツのサポートに回ってくれ」
「え?」
「周囲を警戒しつつリアン達を助けるのは大変だろ。あなたは彼を完璧視しているけど、あいつも万能じゃない」

ティエルの暗く沈んだ表情に気付いているのかいないのか、ジハードは三人目を叩き伏せたところで振り返った。
その言葉に彼女は剣を振るう手を止めて、スカイブルーによく似た色のジハードの瞳を見つめ返す。
もしかしてクウォーツを気遣いつつもティエルを気遣ってくれたのだろうか。だが彼の言うことも一理あった。

静かに頷いた彼女は、足止めをジハード達に任せてクウォーツの元へと駆け出した。
遠目から確認すると既にサキョウの鎖は外れている。現在クウォーツはリアンを拘束する鎖を削っているようだ。
そんな彼にティエルが声を掛けようとした刹那、彼の背に向けて黒い影がさっと飛び掛ったのだ。


「あらあら、いけませんねぇ。わたくしの大切な生贄に勝手なことをされては困りますよ……おや?」


毒々しい赤いルージュを乗せた唇を笑みに歪ませた悪魔族バアトリだった。……彼の存在を完全に失念していた。
バアトリは無遠慮にクウォーツの顎に手をかけて己に顔を向かせると、実に満足そうに舌なめずりをする。

「これは驚きましたね……あなたほど美しい男性は初めて目にしましたよ。あなたの前では薔薇すらも色褪せる」
「……」
「わたくしを虫けらのように見つめる瞳は、まるで青いトパーズだ。わたくしはバアトリ。あなたのお名前は?」


愛の言葉を囁くが如く甘い声を発したバアトリは、無表情のクウォーツの手を取るとその甲に恭しく口付けた。
しかし彼は無反応だ。先程青いトパーズのようだと評された瞳で、ただバアトリを見つめ続けているだけである。
まるで関心がないようなクウォーツの態度をバアトリは好意的に捉えたようだった。随分とポジティブ思考だ。


「クウォーツから離れろぉ!」

そこへティエルが竜鱗の剣を振り上げながら突っ込んでくる。
彼女の目にはクウォーツが変な男に襲われているように見えたのだろう。それほど間違っているわけではないが。
薄ら笑いを浮かべたバアトリは特に焦る様子もなく黒いコートをはためかせると、地面を蹴って飛び上がった。

バアトリと同じヴァンパイアであるクウォーツも凄まじい跳躍の持ち主である。彼らの特性なのだろうか。


「飛んだ!?」
「ふふ、単なる跳躍ですよ。悪魔族の中でヴァンパイアに分類されるわたくし達が誇る、超跳躍力でございます」
「穢らわしき悪魔族め、ここで引導を渡してやるわ!」

硬直しているティエルの背後から、サキョウが拳を握り締めながら向かってくる。
サキョウとクウォーツの普段の穏やかなやり取りから忘れていたが、彼は悪魔族を滅ぼすことを目的としている。
クウォーツ以外の悪魔族を決して認める気はないとまで豪語している彼にとって、バアトリは天敵であろう。


「やはり人間とは粗野で野蛮な生き物ですね……美しくない。仕方ありません、少し遊んで差し上げましょうか」

掴み掛かろうとするサキョウを軽くかわし、バアトリは宙に向かって右手を伸ばした。
次第に集っていく赤い妖気。クウォーツが妖刀幻夢を召喚する際と全く同じ動作だ。何度も目にしたことがある。
姿を現したのは、血によって毒々しく変色した茨の鞭であった。

「悪魔族しか扱うことのできない魔武具、サタネスビュートでございます。それでは一曲お相手しましょう!」





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