Lord of lords RAYJEND 第二幕「漆黒のクインテット」 第2章 死神に捧ぐバラッド

第16話 死神に捧ぐバラッド -1-




昔、とても可愛い小鳥を飼っていました。パパが友達の代わりに連れてきてくれたのです。
純白の羽に美しい鳴き声で、まるで歌を口遊んでいるような綺麗な旋律。そんな小鳥が本当にお気に入りでした。
朝目覚めた時に『おはよう』と声を掛けると、小鳥も可愛らしい鳴き声で返してくれました。大切なお友達です。

けれど、ある日のこと。優しく撫でてあげようと鳥籠に指をそっと入れた時。突然小鳥は指を突いてきたのです。
指先はぱっくりと裂けて赤い血が溢れ出しました。止まることを知らず、あとからあとから溢れる真っ赤な血。
……許せない。こんなにもちっぽけな小鳥の分際で反抗するなんて。傷付けるなんて。これではお友達失格です。

怒りのあまり小鳥を掴むと、両の羽を勢いよく引き千切りました。耳を劈くような鳴き声が部屋中に響きました。
ただ一人のお友達だった小鳥はぴくぴくと身体を痙攣させると、それっきり動かなくなってしまいました。
いい気味です。きっと怒られて深く反省しているのでしょう。それでも暫くの間は許してやらないつもりです。


お仕置きをしてから一週間が経ちました。
次第に鳥籠から何かが腐ったような臭いがし始めたのです。とても酷い臭いです。もうこれ以上耐えられません。
鳥籠の中で横たわっている小鳥は、あの日から動いてはいないようでした。きっと反省し続けているのでしょう。
とても臭くてたまらなかったので、再び小鳥にお仕置きをすることに決めました。もう絶対に許してやりません。

鳥籠を開けて、気持ちの悪い色になってしまった小鳥の首を掴みました。ぐにゃりとした感触。
小鳥の首は簡単に取れてしまいました。ああ、なんて清々しい気分でしょう。思わず笑いがこみ上げてきました。
こんなに清々しい気分になったのは久々だったので、小鳥を許してやることにしました。今回だけは特別です。

臭い小鳥を鳥籠の中に戻してやると、また遊ぼうね、と言って泥水の入っていた飲み水を交換してやりました。


それからまた何週間が経ち。
鳥籠から腐ったような臭いはすっかり消えて、とても気分が良い日でした。また遊んであげようと思いました。
久しぶりに餌をあげようと鳥籠を開けると……既に小鳥は骨になっていました。
あんなに可愛がってやったのに。たった一人のお友達だったのに。裏切られて、とても嫌な気分になりました。

暫くすると鳥籠が消え、新しいお友達がやってきました。白い毛並みをしたとても愛らしい子猫でした。
手を差し伸べた途端に牙を剥いて引っ掻いてきたので、お仕置きのためにそのまま暖炉の中へと投げ込みました。
生きながら燃えていく猫。全身が爛れていきます。小鳥の白を思い出す毛並みも炎に包まれて燃えていきました。

ああ、もうお友達なんていらない。どうせみんな、離れていってしまうのだから。







部屋の入口に立っていたのは、大きなクマのぬいぐるみを抱えた人形のような顔立ちをした少女であった。
愛らしい天使の微笑みを浮かべているはずだが、ティエルには狂気に満ちた恐ろしい微笑みにしか見えなかった。
彼女の名はミカエラ。悪魔族らしい感性と残虐性を秘めた少女である。
善悪の区別が付いていないからこそ彼女は恐ろしいのだ。まるで気に入らない玩具を壊すかのように人を殺す。

ミカエラと初めて出会ったのは、イデアのジェムを求めてエルキドに立ち寄った時であった。
彼女はバアトリの古くからの友人なのだと言った。大切なお友達が虐められたから、仕返しをしてやるのだと。
召喚した食屍鬼達を嗾けてサキョウの大切な想い人であったサクラを惨殺した、ティエル達にとって憎き仇だ。

にこにこと上目遣いで無邪気な笑みを浮かべているミカエラ。しかしその笑顔に騙されてはならないと人は言う。
悪魔族は魅力的な容姿や振る舞いで、人を堕落の道に誘うのだと。そして多くの者達が破滅の道を辿ったのだと。


「キミの顔、何だか見覚えがあるな。あはっ、もしかしてどこかで会ったことがない?」
「あれだけ酷いことをしておきながら覚えてないの!?」
「んー……だってミカエラ、興味ないことはすぐに忘れちゃうんだもん。楽しいことばかり考えていたいでしょ」

「……」
「やっと思い出した! キミ、確かエルキドでミカエラを酷い目に遭わせてくれた人間どもだ! 当たってる?」
「突然サキョウの家を襲撃した上にサクラさんまで殺しておいて、生きているだけでもありがたく思ってよ」
「なんでミカエラのお家にいるのぉ? なんでパパとママが倒れてるの? もしかして、キミが殺したのかな?」

「わたし達がこの屋敷に辿り着いたのは偶然だ。……彼らが言っていた身体の弱い娘って、あなたのことなの?」
「だからぁ、質問しているのはミカエラの方だって言ってるだろ。ほんと人間って話を聞かない馬鹿なんだから」
「あなたの両親は、わたし達を殺そうとして勝手に自滅しただけだ!」
「ふーん。あっそ」


イデアを構えたまま、ティエルはミカエラと対峙する。彼女の戦闘力の高さはエルキドで思い知っていたためだ。
身軽な動きに召喚魔法。正直一対一で戦うには、こちらの分が悪すぎる。
対するミカエラは緊迫した様子のティエルとは裏腹に、退屈そうに己の桃色の毛先をいじっているだけだった。


「……パパとママはミカエラのことが本当に大好きだからね。昔からミカエラのためなら何でもしてくれるんだ」
「だからわたし達を殺して、あなたのお友達にしようとしていたの……?」
「ミカエラだってそんなパパとママが大好きなんだよ。だから……死に追いやったキミは、憎らしい仇だよねぇ」

「言いがかりにもほどがあるんじゃない!? わたし達はあなたの両親に殺されるところだったんだから!」
「元々キミ達には恨みもあったからね。エルキドで言ったでしょ、キミ達全員、バラバラにして殺してやるって」

「……サキョウの大切な幼なじみを殺しておいて、逆恨みもいいところだぜ」

部屋の入口から静かな声が響く。振り返ると、額を押さえながらこちらを睨み付けるジハードが立っていた。
押さえる指の間から鮮血が滴り落ちているところを見ると、治癒魔法は気休め程度しか唱えていないのだろう。
サキョウの実家を襲撃し、サクラを殺害し、門下生達に大怪我を負わせたのは紛れもなく目の前の少女である。
怒りに燃えたサキョウに叩きのめされたことは完全に自業自得だった。


「あっ、キミも見覚えがあるなー。男の子の顔なんてすぐに忘れちゃうけど、キミは珍しい白髪だったからね」
「別に覚えていてもらわなくても結構だけど、また出会えて嬉しいな。サキョウに代わって仇討ちができる」
「悪いけど男の子には興味ないんだよなぁ。怪我をしてるキミが、可愛いミカエラちゃんの相手になるとでも?」

「それはどうかな。あまりぼくを軽く見ないでもらいたいんだけど」
「あはっ。できるものならやってみなよ、人間が。一番厄介だった青い髪の男の子もいないことだし。楽勝かな」


笑みを浮かべたミカエラは虚空に右手を伸ばすと、赤い妖気と共に巨大な鎌が姿を現す。大鎌デスサイズである。
悪魔族のみが扱うことのできる呪われし武具。デスサイズを手にしたミカエラは身軽な動作で宙に飛び上がった。
一瞬でティエルの懐に滑り込んだ彼女は、幼い少女とは思えぬ妖艶な顔付きでティエルの頬へ軽くキスをする。

「えへへ、隙だらけだよ! やっぱり女の子はいい匂いがするなー。キミ、本当にミカエラのお友達になろうよ」
「こいつ……! ティエルから離れろ! 行け、凍雨の陣!」
「うるさいなぁ。本当に男の子は野蛮だな。まぁ、白髪のキミは男の子にしてはなかなか整った顔してるけどね」


空中に虹色の魔法陣が浮かび上がり、ぐるりとミカエラの周囲を取り囲む。氷の雨を降らす凍雨の陣である。
しかし極陣が発動するよりも早く彼女はあどけない笑みを浮かべたまま、魔法陣から素早く離脱してしまった。
そのまま宙を舞うように回転しながらデスサイズを軽やかに一振りした。

まるで鋭利な刃の衝撃波のようである。ミカエラを中心として、部屋中のものが次々と切り裂かれていったのだ。
千切れ飛んでいくぬいぐるみや少女達の亡骸。最早人形なのか死体なのかも区別が付かなかった。
危険を察知して咄嗟に身を低くしたティエルとジハードであったが、それでも肩や腕が深く切り裂かれてしまう。


部屋の中という狭い空間の上、相手は素早く魔法防御力の高い悪魔族だ。
極陣では倒すことができないと判断したジハードは、リグ・ヴェーダを投げ捨ててミカエラに突っ込んでいった。
昔は武闘家を目指していたというだけあって、彼の体術は既に達人の域である。鋭い蹴りがミカエラを襲う。

蹴りをまともに食らえばただでは済まないだろう。
魔術師とは思えぬ一撃に若干余裕の笑みを崩したミカエラだが、地面を蹴って天井のシャンデリアに飛び乗った。
危なかった、とほっと胸を撫で下ろしたミカエラの目が、次の瞬間大きく見開かれる。
蹴りを彼女にかわされてしまったジハードだが、そのまま壁を蹴った勢いでシャンデリアへと掴み掛ったのだ。

ぐらりと激しく揺れるシャンデリアから、振り落とされるようにして地面に降り立ったミカエラ。
そんな彼女に向けてティエルが向かって行った。示し合わせたわけでもないのに恐ろしいほど連携が取れている。
突き出されたイデアをデスサイズで打ち返し、狭い場所での戦闘は不利だと考えたのか彼女は廊下へ飛び出した。


「待て、逃げるのかミカエラ!」
「あはっ。ミカエラと遊びたかったらここまでおいでー!」

身軽な動作で階段の手すりを滑り降り、ミカエラはにやりと歪んだ笑顔を浮かべながらデスサイズを構えていた。
ミカエラを追って階段を駆け下り、玄関ホールに辿り着いたティエル達に向かって彼女は大きく鎌を振り上げる。
先程の衝撃波を発生させるつもりだ。

少しでも痛みを和らげようと、ジハードが防護の魔法を開始する……が。いつまで経っても衝撃が襲ってこない。
しゃがんでいたティエルが恐る恐る顔を上げると、デスサイズを振り上げたままミカエラが硬直していたのだ。
彼女は驚愕した表情で己の足首を掴む何かを見つめていた。震えながら、信じられぬような表情で見つめていた。

……ミカエラの足首を掴んでいたのは、先程階段を転げ落ち、完全に絶命していると思われた彼女の父親だった。





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