Lord of lords RAYJEND 第二幕「漆黒のクインテット」 第3章 戦慄のゴールドマイン
第19話 開け放たれた災厄 -2-
まるで忘れられぬ悪夢を振り払うかのように頭を抱えて蹲る男。
こんな錯乱した状態では話を聞くこともできず、ティエルとジハードは男が落ち着きを取り戻すまで待ち続けた。
一体このゴールドマインで何が起きているのだろう。そして、彼らは一体何を掘り出してしまったのだろうか。
何も分からない現在、ティエル達にはただ想像することしかできない。金鉱に向かったサキョウ達は無事なのか。
あれほど栄えていたゴールドマインを恐ろしい死の町に塗り替えてしまう原因となった祭壇とは、何なのだろう。
懺悔のような男の嗚咽を聞きながら、ティエルは唇をぐっと噛み締めて焦る気持ちを必死に押し殺していた。
ジハードが彼女の肩に手を触れていなければ、今すぐにでもここを飛び出して鉱山に向かいたいのが本音である。
割れた窓の外は相変わらず人の気配はなく、全てが死に絶えた廃墟のような街並みが広がっていた。
男は何故こんなにも怯えているのだろう。彼が『あいつら』と呼ぶ者達が襲ってくるとでもいうのだろうか。
もしや全てこの男の妄想なのではないか。町人達が罹患し、次々と死んでいく恐怖に耐え切れなくなったのか。
足の怪我はただの野犬に食われたのではないだろうか……と、そんなことをティエルが考え始めた時。
「……すまねぇな。もう大丈夫だ、ちょっとあの日のことを思い出しちまって……今度はちゃんと話してやるよ」
漸く落ち着きを取り戻した男がぽつりぽつりと話し始めたのだ。
希望で満ち溢れていたはずのゴールドマインが、一瞬にして地獄へと塗り替えられてしまったあの日のことを。
二ヶ月ほど前から仲間達と共にこのゴールドマインへ出稼ぎにきた男は、すぐに坑夫の仕事に就くことができた。
体格の良さを評価され、かなり大きな金脈へと配置をされた。勿論給料は単なる雑用などよりも桁違いである。
だが決められた場所を指示どおりにただ掘り続ける単調な毎日に飽きが来るのも早かった。
もっと別の場所を掘れば更に大きな金脈がありそうな気がするのに。いや、こちら側を掘ればいいんじゃないか。
男達の中で日々そんな思いは強くなっていく。金脈を掘り当て、横流しをしてしまえば大金持ちも夢じゃない。
ある日、男はとうとう仲間達に『監視の目を盗んで、こっそり自分達だけで別の場所を掘ろう』と持ち掛けた。
男と同じように欲に目が眩んだ仲間達は、そんな彼の意見に異を唱える者など一人もいなかった。
その日から男達は、交代をしながら別の場所を掘り始めたのだ。監視を仲間に引き入れるのはとても簡単だった。
彼らに金貨を数枚ほど握らせてやれば、監視は男達の行動をあっさりと見て見ぬ振りをし続けてくれたのだ。
しかしそう簡単に旨い話があるはずがない。
男達が別の場所を掘り始めて二週間が経ったが、金脈どころか金になるようなものなど何も出てこなかった。
仲間の一人が『そろそろ諦めようぜ』と言い出したが、今更後に引けるはずがない。それでも男達は掘り続けた。
……そんなある日。半ば意地になって掘り続けていた男の一人が、突然叫びに近い震える声を発したのだ。
『お……おい、お前らちょっとこれ見てみろよ。これって……もしかして人工的な通路なんじゃねぇの?』
『単なる横穴じゃねぇみたいだな』
『お宝の匂いがぷんぷんとするぜ。大昔の宝物庫に続いているかもしれねぇぞ!』
男が指さしていた先には大きな横穴が開いており、明らかに人工的な木の枠組みで補強された広い通路であった。
恐る恐るランプの光を中に入れると、奇妙な模様の描かれた通路の先には頑丈な石の扉が見える。
どうやら宝物庫ではないようだ。だが古代遺跡を掘り当てただけでも莫大な金が転がり込んでくるはずだった。
これは金脈を掘り当てるよりも物凄い大発見かもしれない。
勝手に別の場所を掘った件に関しては咎められるだろうが、男達に何かしらの恩賞が与えられるのは間違いない。
一人百万リンか……いや、それ以上の賞金だろう。暫くの間は遊んで暮らせるような金額かもしれない。
男達が『それ』を掘り当てた噂は瞬く間にゴールドマイン中に広がった。……そして、『あいつら』が来たのだ。
遠い地から遥々やって来た『あいつら』が一体どこで噂を耳にしたのかなど、男達にとってはどうでもよかった。
高値で遺跡を買い取ってくれるのであれば、それがどこの誰であろうと関係がない。
ただ……交渉を持ち掛けてきた若い男が、酷く魔物的で気味が悪かったことだけは今でもはっきりと覚えている。
こんな子供が高額取引などできるのか、と町長が鼻で笑い飛ばしてしまうほど幼い顔をした一見地味な男だった。
大きすぎる緑の帽子と茶色の髪。大きな緑の瞳には、確かに恐ろしい魔物が宿っていた。
『あいつら』はゴールドマインの誰もが予想していた金額よりも、ずっと大金で遺跡を買い取ると言った。
魔物のような緑の瞳をした男が言うには、価値が全く分からぬ者にとっては単なる古びた遺跡にしか見えないが、
限られた地形と魔力の流れ、そしてあのお方に架せられた封印の鎖を解き放つ場所に相応しいのだと笑っていた。
……一億リン。
それが『あいつら』の提示した金額だった。ゴールドマインの町長が即座に首を縦に振ったのは言うまでもない。
馬車の荷台に積まれた大量の白金貨袋が町へと運ばれてくる。遺跡を掘り当てた男や仲間達は町長から賞賛され、
一人につき五百万リンを渡された。彼らは一夜にして凄まじい大金を得ることになったのだ。
男達はその晩、白金貨を頭から浴びながら酒に溺れた。金鉱前の広場では誰もが浮かれ、皆が夢気分であった。
宴は深夜まで続き、皆が広場の前で寝静まった中。金鉱に向かって行く人影があることに男は気付いた。
魔物のような目をしたあの若い男だ。ほんの興味本位であった。男はふらふらとしながら後を追って行ったのだ。
気楽に鼻歌を口遊みながら、若い男は後をつけられているとは思わずに金鉱の奥へとずんずんと進んで行く。
坑道を横に逸れ、カンテラを手にしつつ例の通路へ足を踏み入れる若い男。この先は確か石の扉があったはずだ。
男達が何人引こうとも決して開くことのなかった石の扉が、若い男が不気味な詠唱を始めると静かに開き始めた。
……そこは奇妙な祭壇だった。
大量の人骨が散らばり、古い血の跡が四方の壁に飛び散っている。見た瞬間全身総毛立つほど、禍々しい祭壇だ。
明らかにこれは掘り当ててはならぬ遺跡であったのだ。酔いは一気に醒め、男は腰を抜かしたように崩れ落ちる。
愕然とする男を振り返ったのは、にやりと意味ありげな笑みを浮かべている緑の帽子の若い男。気付かれていた。
どこをどうやって逃げ帰ったのかは分からない、男は己の寝泊まりする宿屋で一晩中震えていたのだった。
その次の日からだ。金鉱で掘り続ける坑夫を初めとして、監視員などが次々と謎の中毒症状を訴え始めたのは。
全身に大きな紫色の斑点が現れ、吐き気と頭痛。どんな薬も効かずに一週間と持たずに死んでいく恐ろしい病だ。
町長も病に倒れ、金鉱は一時閉鎖。町は病人で溢れ返り、他の町へ逃げ出す者も後を絶たない状況であった。
……ああ、あの恐ろしい日を思い出すだけで身体が震えてくる。金鉱の奥から次々と姿を現す大量の屍人達。
死してなお、生ける者の血肉を求めて彷徨うアンデッド達であった。
流行り病を免れた者達は皆、放たれたアンデッドの餌食となった。男の仲間達も逃げる間もなく食われていった。
男は死ぬ物狂いでアンデッドの群れから逃げ出し、この酒場に隠れ住む日々が続いた。
アンデッドに食い千切られた足では、ゴールドマインからは決して逃げ出すことができないことも理解していた。
すぐに徘徊しているアンデッドどもに見つかり、食い殺されてしまうだろう。
そんな時。ベムジンからモンク僧達が大量の物資を抱え、調査に訪れたのだ。これで助かった……はずだった。
病に倒れる前の町長からの要請であった。最早町長も生きてはいないだろう。
男は歓喜した。思わず声を出して助けを求めようとしたが、それはモンク僧が『あいつら』を倒してからの話だ。
モンク僧が『あいつら』に勝てる可能性は低いのかもしれない。ここで声を出して存在を気付かれるのはまずい。
そう考えた男は酒場に身を潜めたまま、モンク僧の遠ざかっていく後ろ姿を黙って眺めていたのだった。
そして……彼らもまた戻ってくることはなかった。
「戻ってこない。……サキョウ達が、戻ってこない……」
「ティエル」
「やっぱり金鉱に向かった先で何かがあったんだ。ジハード、早く助けに行こうよ!」
長い男の話を聞き終え、ワンピースの裾をぐっと握りしめていたティエルは顔を上げ、ジハードに詰め寄った。
今でも無事でいると信じたいが、この男の話から察するに、サキョウ達は『あいつら』と遭遇してしまったのだ。
ティエルに詰め寄られても己の顎に手を触れたまま考え込んでいたジハードだが、ゆっくりと男へ顔を向ける。
「一つ聞きたいんだけど」
「オレで分かることなら何でも答えてやるよ」
「……その緑の帽子の男は、あのお方に架せられた封印の鎖を解き放つ場所に相応しいと言っていたんだね?」
「ああ、そんなことを言っていたっけな。町長もオレ達も何のことか意味が全く分からなかったけどな」
「そうかい、それだけで十分だよ。この騒ぎの真実が少しずつ読めてきた」
「何か読めたの、ジハード?」
「まだ憶測の域を出ないけれど……ほぼ間違いないだろうね。金鉱に向かいながら話すことにするよ」
「分かった。ねえ、おじさん。わたし達はこれから金鉱に向かう」
先程までの不安な表情は消え去り、意志の強い瞳で立ち上がったティエルはイデアの柄を力強く握りしめる。
この先にサキョウがいるのだ。何があっても必ず助け出して見せる。彼は大切な家族の一人なのだから。
「おじさんを助けてあげたいけど、わたし達の大切なひとがこの先にいるから進まなくちゃいけないんだ」
「……もしもぼくらが無事に戻ってこれたら、この酒場に寄るつもりではいるんだけど。最寄りの町まで送るよ」
「ほ、本当か!? 助かった……必ず戻ってこいよな」
どこかほっとしたように胸を撫で下ろして笑顔を浮かべた男を後目に、ティエルとジハードは酒場を後にした。
外に出ると背後で扉を塞ぐ音が響く。アンデッド達が相手ならば、こんなバリケードなど役には立たないだろう。
そう思ったティエルが振り返るが、ジハードは『何も言うな』というような目付きでこちらを見つめていた。
わざわざ不安を煽ることもない。……男が安全と信じているのなら、今はそれでもいいだろう。
肌寒い風にぶるっと身を震わせたティエル達は、誰一人として歩く者のいない大通りを金鉱に向けて歩き始める。
いくら進んでもアンデッド達の姿は見当たらない。紫色の斑点が浮き出た死体に、食い千切られた死体だけだ。
建物の壁や地面の所々に血飛沫や肉片が付着している。これはアンデッドに襲われた者達の残骸だろう。
金鉱までの道のりで詳細を話すと言っていたジハードだが、彼が口を開く様子はない。
無表情のまま注意深く周囲の様子を探りながら、いつでも極陣魔法を発動できるように歩き続けているようだ。
確かに雑談をしながら進めるような道のりではないだろう。ほんの一瞬の油断が命取りになるかもしれないのだ。
彼が無口になるのも無理はなかった。
会話もないまま二人が更に道を進んで行くと、やがて簡素な木の十字架がずらりと立ち並ぶ広場へと辿り着いた。
確かに金鉱は落盤などで命を落とす者が多いだろう。それにしても、こんな町の真ん中に墓地があるのだろうか。
町の広場を埋め尽くすほどの十字架の数である。野晒しになってはいるが、そのどれもが新しいものばかりだ。
そこに、ぽつんと一つの人影が立っていた。
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