Lord of lords RAYJEND 第二幕「漆黒のクインテット」 第4章 ユークリンドの薬師

第42話 わたしができること -3-




サキョウがメドフォード王国に到着したのは、それから七日後の夜だった。
ティエルが旅の決意をしていることや大臣達からの許しも得ていることを知るとサキョウは、一瞬だけ驚いていた。
しかしすぐに普段のような穏やかな表情を浮かべると、分厚く大きな手を彼女の頭に乗せながら頷いてくれたのだ。

やはりサキョウの手はとても温かく、触れられているととても安心する。全てを包み込む大海のような存在である。
彼もティエルに隠したままジハードと情報交換を続けていたことを若干後ろめたく思っていたのだという。
隠し事がなくなったお陰で旅立ち前にすっきりとしたな、とサキョウは応接間中に響き渡る豪快な笑い声を発した。


「それにしても、サキョウはシグン大僧正さんにどう言って旅の許可を貰ったの? よく許してくれたね」
「わははは! それをお前が言うか」
「だって、今回の旅の目的はクウォーツを探すことでしょ? 結局大僧正さんには本当のこと話せなかったし……」

確かにそうだ。
メドフォードの決戦前にベムジンを訪れたのだが、町中至る場所に悪魔族や魔物に対する強力な結界が張っていた。
普段ならばエルフ族だと周囲が勝手に誤解をしてくれるクウォーツを、僧兵達は一目で悪魔族だと見抜いたのだ。

そしてシグン大僧正は、最後までティエルの仲間に悪魔族がいることを快く思ってはいなかったことを思い出す。
王女の願いで仕方なく悪魔族と行動を共にしているサキョウ、という形で大僧正に説明することしかできなかった。
当のサキョウは破門を覚悟で何度も真実を伝えようとしていたのだが、そんな結果などクウォーツは望んでいない。


「勿論今回の旅はあいつを探し出すことが大きな目的だが、同時に兄上とサクラの仇を討つ旅でもあるのだ」
「ゴドーとサクラさんの?」
「……ヴェリオルとミカエラを討つまでワシの敵討ちは終わらぬ。大僧正様にはそう伝え、旅の許可を頂いたのだ」

「なるほどな、確かに嘘は言っていない。それでサキョウ。入手した情報は確かなのかい?」
「うむ。直後にゴールドマインの事件があったために三ヶ月以上は古い情報になってしまったのだが、確かだろう」

人払いはしているとはいえ、少々声のボリュームを落としたサキョウはティエルとジハードに改めて顔を向ける。


「お前達はシルヴァラース古代図書館を知っているか? そこに、黒いフードを被った青い髪の男が現れたらしい」
「ああ、エンシルガルド大陸一の大図書館と呼ばれている有名な場所だね。蔵書は三億冊を超えると言われている」
「そんな場所にどうして? ……そもそも黒いフードを被ってるなんて、本当にクウォーツだったのかなぁ」

「ワシも初めは疑った。だが青い髪で、その上尖った耳をした美貌の男など……あいつ以外に考えられないだろう」
「確かにフードで己の姿を隠すなんてクウォーツらしくはないけど、一人旅ならそれは正しい判断かもしれないな」
「正しい判断って? 一緒に旅をしていた時は隠していなかったじゃない」

「集団で旅をするよりも、一人旅の方がトラブルに巻き込まれやすいんだ。付け入る隙を見せないのが賢い方法だ」
「そう、なのかな」
「恐らくあいつは自分の容姿が火種になると考えてフードで隠しているんだろうね。良くも悪くも目立つやつだし」

だがそんな場所に何故クウォーツは訪れたのだろう。
首を傾げるティエルだったがここで考えていても何も始まらない。まずはその図書館に向かい、詳しく話を聞こう。
シルヴァラース古代図書館。どこかで聞いたような名だった。生前のミランダがよく口に出していたような……。


「……あっ!」
「ど、どうしたティエル?」
「急に大声を出さないでくれよ。びっくりするじゃないか」

「思い出したの。その図書館に、昔おばあさまがよく立ち寄っていたんだ。興味深い文献が多くて楽しい所だって」
「よく立ち寄っていたって……一国の王がそんな近所に散歩でも行くような感じで行くわけないだろー」
「うん、近所に散歩でも行く感じで行ってたよ。一時は週に一回くらいは通ってたかな」

「しかしな……ティエルよ、シルヴァラース古代図書館はこのメドフォードから一ヶ月は掛かる道のりであるぞ?」

一体ティエルは何を言い出すんだとばかりに眉を顰めるジハードと、困ったような表情を浮かべているサキョウ。
確かに近所に散歩に行くような距離ではない。往復で二ヶ月は掛かる道のりなのだ。


「おばあさま、城の地下のワープゲート使ってた。五つ設定されている行き先の一つがその図書館だった気がする」
「メドフォード城にワープゲートがあったのかい!?」
「なんとそれは話が早いではないか! いやはやさすが大国、まさかワープゲートが存在しているとは思わなんだ」

使い捨ての簡易ワープゲートならばともかく、ワープゲートを設置するためには大変な時間と費用が掛かる。
限られた行き先の一つに古代図書館を設定したということは、祖母ミランダにとって思い出深い場所なのだろうか。
……そんな話をしていると、こんこん、と遠慮がちに応接間の扉が叩かれた。


「誰? 開いてるよー」
「大切なお話の最中にすみません」

静かに扉が開くと、あちこちに跳ねた癖の強い薄桃色の髪がぴょこんと覗く。姿を現したのはヴィステージだった。
ティエル達が旅立つことは勿論彼女にも説明済みだ。
申し訳なさそうに入ってくるヴィステージの姿を目にしたサキョウは、笑顔を浮かべつつソファーから立ち上がる。


「おお、おぬしはヴィステージといったな。ゴールドマインでの件は本当に世話になった!」
「いえいえ。あたしもティエルちゃんやジハードくんには凄く助けられましたし、気にしないでください」

「こんな時間にどうしたの、ヴィステージ。明日は一緒に街へ出掛けるから、今夜は早く寝るんじゃなかった?」
「それはそうなんですけど……あの、図々しいことは百も承知でティエルちゃん達にお願いがあって……」
「お願いって?」

「あたしも一緒に連れて行ってほしいんです! 足手まといなのは分かっています、でもどうしても行きたくて」


ヴィステージにとって、相当勇気を要した発言なのだろう。握りしめた手は白く、反対に顔は真っ赤になっている。
足手まといなんてとんでもない。彼女は強力な魔法の使い手の上に、薬師の村でも屈指のポーション作りの腕前だ。
一緒に来てくれるのならば両手を広げて大歓迎だが……ヴィステージは行方不明の両親を探すのではなかったのか。

顔を見合わせて困ったような表情を浮かべるティエル達に、完全に誤解をしてしまったヴィステージが項垂れる。


「や……やっぱり駄目ですよね。あたし鈍くさいですし、薬師としてもおばあちゃんと比べればまだまだ半人前で」
「そういう訳じゃないよ! ヴィステージが来てくれるのは勿論大歓迎なんだけど……でも、どうして急に?」
「両親の手掛かりをメドフォードで探すんじゃなかったのかい」

「ええ、勿論そのつもりです。だけど……君達と一緒に行く方が、手掛かりが見つけられるような気がするんです」
「ぼくらは人を探してる。これが相当厄介な男でね、当分の間はここに帰れなくなるけど。それでもいいのかい?」
「はい。ご一緒するからには、あたしも全力でその人を探すのに協力させて下さい! ……それに」
「それに?」

「会ってみたいんです。ティエルちゃんやジハードくんの心を動かす悪魔族に。あたしも、会ってみたいんです!」


真剣この上ない表情で両手をぐっと握りしめるヴィステージを、暫くの間呆然と見つめていたティエル達だったが。
やがて柔らかく表情を綻ばせる。恐らくヴィステージも悪魔族に対して相当の偏見を持っていることは察せられた。
閉鎖された村の出身ならば尚更だろう。それでも彼女は拒絶をすることを選ばずに、会ってみたいと言ってくれた。
種族だけで全てを拒絶するわけではなく、少しでも相手を知ろうとする彼女の気持ちがとても嬉しかったのだ。


「ヴィステージさえよければ一緒に行こ! きっとクウォーツと仲良くなれるよ。すごく綺麗で優しい男の子なの」
「えっ、本当ですか。安心しました。綺麗で優しいなんて、悪魔族だけどきっと天使みたいな人なんでしょうね」

「ちょっとティエル、誤解を与えるような言い方はあまりしない方がいいんじゃないかな。特にヴィステージには」
「うむ。そうだなぁ……ただ少し、口数が少なくて表情の乏しい人形みたいな男ではあるがな。ほんの少しだぞ?」
「サキョウも言い方を遠慮しすぎだろ。まぁ根は悪いやつじゃないし、話してみれば割と普通の男だよ。あははは」

「皆さんの印象がそれぞれ違いすぎて、ちょっと不安になってきたんですけど……」


ひとしきり笑い合った後、ティエル達は早速出発に向けて段取りを組み始める。
大臣から旅の許しは得たティエルだったが、出発前までに片付けなければならない多くの課題を出されてしまった。
留守中の仕事を前もって終わらさなければならないのだ。勿論真剣に取り組めば終わらせることができる量である。

……勿論、ジハードは手伝ってくれない。明日から寝る間も惜しんで課題に取り掛からなければならなかった。
それに並行して日々の授業を受け、旅の準備を進めなくてはならない。ワープゲートの使用許可も貰わなくては。
出発は五日後と決まったが、それまでやるべきことは沢山あった。

しかしティエルの表情は希望に満ち溢れていた。漸く手に入れたクウォーツの手掛かりだ。嬉しくないわけがない。
シルヴァラース古代図書館にて、必ず次に繋がるような手掛かりを掴むのだ。







矢のように五日が過ぎ去り、ティエル達は王家のみが使用することのできる地下のワープゲートの前に立っていた。
ミランダが亡くなってからは使用されたことがないのだろう。部屋は埃っぽく、果たして起動するのか心配である。
がっしりとした六本の石柱。その中心には、ぼんやりと薄紫色の光を発する巨大な水晶が浮かんでいる。

ワープゲートの使用許可は、トーマ大臣に頼んだらあっさりと承諾してくれた。
見送りに来たフレデリク近衛兵長は、メドフォードの地下にこんなものが……と驚愕した顔で周囲を見回している。
王家の者と彼らに近い存在だけが知る極秘の場所だ。この部屋に行くためには、ティエルの指紋認証が必要だった。


「ワープゲートって初めて使うんだけど、一体どうやって使うんだろ。トーマ大臣、知ってる?」
「わたくしはいつもミランダ様をお見送りしているだけでしたので……ううむ、確か水晶に触れておられたような」
「えっ。ティエルは使用方法を全く知らずにここに来たのかい?」
「誰かが知ってると思ったんだもん」

あっけらかんと言い放つ彼女に向かって大げさに溜息をついたジハードは、中心の巨大な水晶へと歩み寄っていく。
興味深そうにきょろきょろと眺めているヴィステージも、どうやら使用方法を知っていそうである。


「あたしは書物だけの知識ですが……どうやら旧式のワープゲートですね。若干座標にずれが出るかもしれません」
「どのくらいの座標のずれが出るかは使ってみてからのお楽しみかな。ヴィステージ、座標の設定はできるかい?」
「えーっと、シルヴァラース古代図書館ですね」
「旧式でも最新式でも、どちらにしろワシにはさっぱり分からぬ! わははは、ここは二人に任せるとしよう」

水晶を覗き込んでいたヴィステージは、中に浮かび上がる文字を器用にも指で選んでいるようだ。
そしてサキョウは自慢にならないことを言いながら豪快に笑い声を上げる。だが頼もしく見えるのは何故だろうか。
ジハードとヴィステージのお陰で設定は粗方終え、ワープゲートは鈍い音を立てながら始動し始めていた。


「姫様、ジハード殿。お坊様と薬師殿も。わたくし達はあなた方の無事を毎日祈っております。だから、どうか」
「いつも心配かけちゃってごめんね、トーマ大臣。必ず無事に帰ってくるから、そんな寂しそうな顔をしないでよ」
「ううぅ……姫様……」
「今回はゴールドマインと違って危険な場所に行くわけじゃないんだし。大丈夫だって」

鼻をすすり始めたトーマ大臣の丸々とした両肩に、ティエルは心配させないように笑顔を浮かべながら手で触れた。
それからフレデリク近衛兵長の方へと顔を向ける。


「フレデリク。わたしがいない間、この国を守って」
「何を仰いますやら。姫様がおられてもおられなくとも、この国は我が命に代えても必ずわたくしが守り抜きます」
「うん、お願いします!」

ティエルが大きく手を振った瞬間。ワープゲートが発動し、周囲は眩いばかりの淡い紫色に包まれた。
たった今まで六本の石柱に囲まれた中心に立っていたティエル達四人の姿は、次の瞬間には忽然と消えていた。

確かにティエルの言ったとおり、行き先は危険な場所ではない。かの有名なシルヴァラース古代図書館である。
二度と彼女に会えなくなるわけでもない。それなのに、トーマ大臣の中に渦巻くこの胸騒ぎは一体何なのだろう。
段々と光が収まっていく中でも、トーマ大臣は瞳を潤ませながらいつまでもその場を立ち去ろうとはしなかった。





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