Lord of lords RAYJEND 第二幕「漆黒のクインテット」 第5章 シルヴァラース古代図書館

第45話 遥かなる古の図書館 -2-




司書ナズナを先頭にしてワープゲートでフロア六十六に到着したティエル達。
シルヴァラース古代図書館での各フロア間の移動は、階段ではなく主にワープゲートが使用されているのだという。
勿論階段も存在しているのだが、瞬時に移動することのできるワープゲートがあるため殆ど使用する者はいない。


民族によっては『魔法などという不可思議な力には頼らない』という、完全に魔法を否定した考えの持ち主もいる。
汗だくになりながらもフロア間を階段で移動している利用客もいたなとナズナが思い出したように言った。
今では『魔術師』や『魔女』という存在は名が知れているが、かつては畏怖や差別の対象だった時代もあったのだ。

魔女狩りと称して多くの魔術師が火炙りにされたといい、ティエルはその話を聞いて思わず寒気を覚えたのだった。
そしてジハードの故郷である中東大陸では、未だに『魔法』に対しての偏見が強い傾向にあると言っていた。
膨大すぎる魔力を持ち、更には魔本リグ・ヴェーダと契約をしたジハードの立場はどのようなものだったのだろう。

恐ろしい想像がふと過ぎり、ティエルはちらりと隣のジハードを見上げてみる。
彼女がそんなことを考えているとは思わず、ジハードは普段のような柔らかな笑顔を浮かべながら首を傾げていた。


フロア六十六には禁じられた儀式や禁呪、古くから伝わる呪いの伝承、黒魔術に関する書物がずらりと並んでいる。
見渡してみてもどうやら人影一つ見受けられない。フロア全体の空気がどことなく淀んでいるような錯覚すらある。
並んでいる本の中には、呪われた本があるのかもしれない。一人ではあまり立ち寄りたくはないフロアであった。

その上フロアが薄暗いのだ。ティエル達はそれぞれカンテラを手にしながら人の気配のない通路を進んでいく。


「……ねえナズナ。これだけの大図書館なのに、ひとが全然いないんだね」
「ここに立ち寄るのは物好きの学者か熱心なオカルトマニアくらいだわ。空気も重いし薄暗いし、出るって噂だし」
「出るって、なにが?」
「さぁ、なにかしら。閉館後に何人もの司書が人影を見たっていうし、本が勝手に本棚から落ちたり物音がしたり」

「えっ!? 嫌だよ、怖がらせないで!」
「だって本当のことよ。レイシーだってフロア六十六の見回りは嫌だって言っていたもの」


前で繰り広げられているティエルとナズナの会話。
お化けが大の苦手なティエルは青ざめた表情を浮かべながら、カンテラを掲げて周囲の様子を窺っているようだ。
物珍しそうに本棚を眺めているサキョウの隣では、ティエルに負けないくらい青ざめた表情のヴィステージがいた。

「ヴィステージ、顔色が悪いような気がするけど大丈夫かい?」
「……あたしも実は怖い話が苦手で、ポルターガイストとかアンデッドとか亡霊とかそういう話は駄目なんですよ」
「うん? ホフマンを一人で探しに行ったり、森の亡霊に勇敢に立ち向かったりしていただろう?」

「時と場合によるんです。あの時は、おばあちゃんやホフマンおじさまのことで頭がいっぱいでしたから……」
「なんだそりゃ」


暫く歩き続けていると、やがてフロアの中心だろうか。長テーブルや椅子が並んでいる読書スペースへと辿り着く。
そこにはぼんやりと光を発しているタッチパネル式の書籍検索機が設置されていた。
ナズナはそこで立ち止まり、レイシーから預かった紙の束とタッチパネルの画面を交互に眺めながら入力していく。

司書といえども己の担当するフロア以外の本の配置は曖昧なのだろう。大凡の本の位置を確認しているようだった。
時間にして五分ほど経過した頃、ナズナはふと思い出したように顔を上げて振り返る。


「……そういえばあんた達、日帰りのつもりで来たんじゃないんでしょ?」
「うん、そうだけど」
「今夜の宿の予約を取っていないなら、このパネルから図書館内の宿の予約ができるから部屋を取っておこうか?」
「ありがとう! すごいね、その光ってる板。本の検索から宿の予約まで出来ちゃうんだ」

早速興味を示したティエルがパネルをひょいと覗き込むが、操作方法がさっぱり分からない。未知の領域である。
ジハードやヴィステージならば操作できるのかもしれないが。


「慣れた利用客なら、自分でタッチパネルを操作して本の検索や予約をしているわよ。ティエルも覚えてみる?」
「面白そうだけど難しいのは苦手だなー」

「覚えれば簡単よ。まぁそれは明日教えてあげるわ。……さぁ、宿の予約も本の検索も終わったわよ。
 ジャックさんの貸し出し履歴の本は大きく分けて二つのエリアになるんだけど、手分けして探した方がいいわね」

「うむ、そうだな。二手に分かれ、閉館時間にここで落ち合って手掛かりがあれば報告をするのはどうだ?」
「ぼくは特に異論はないよ」
「あたしもです」


サキョウの言葉にジハードとヴィステージが頷いた。
クウォーツが借りた本を調べても彼の行方が分かるという確証はない。だが今は少しでも彼のことを知りたいのだ。
ティエルとサキョウとヴィステージは南のエリアを、そしてジハードとナズナは北のエリアを調べることになった。

閉館時間は午後五時までだ。
一度正午に休憩も含めて昼食に行く約束を交わしてから、ジハードとナズナは早速北のエリアへと歩き始めていく。
薄暗いフロア六十六はカンテラの光だけが頼りである。

ジハード達の明かりが段々と小さくなっていき、本棚の向こうに消えると急に心細くなったティエルが口を開いた。


「本当に凄い広さのフロアだね。ちょっと薄気味悪いし。このまま迷子になったらどうしよう……」
「ティエルちゃんは方向音痴ですもんね。あたしは地図を見るのは苦手ですが、一度通った場所は忘れませんから」
「へぇー、そうなんだ」
「どこも同じような景色の大森林でずっと暮らしていると、些細な地形や空気の変化に敏感になってくるんですよ」


どこか誇らしげに己の胸を叩いて見せるヴィステージに、サキョウは確かに一理あるなと感心したように目を瞬く。
しかし地図を見るのが苦手などという、若干不安な言葉が飛び出してきたような気がするが。
旅には地図がつきものである。まぁ……地図が読めなくとも迷子にならなければそれでもいいかとサキョウは思う。

「サキョウさん、どうかしたんですか? 先程からあたしを眺めながらとても難しい顔をされていますが」
「そ、そうか? すまぬ。気にせんでくれ。さあ、こちらには司書のナズナがおらんのだ。南のフロアに急ごうか」







一方。ジハードはナズナの案内で北のエリアに向かって進んでいた。
隙間なくぎっしりと並ぶ本棚は巨大な迷路のようにも思えてくる。確かに若干『好くない気』が集っているようだ。
禁じられた儀式や禁呪、古くから伝わる呪いの伝承、黒魔術の書物が世界中から集められているのだ。壮観である。

いつまでもこのフロアに滞在するのは、精神的にあまりお勧めできないかもしれない。
鈍感なティエルやサキョウはともかくヴィステージはどうだろうか。魔力を持つ者は感覚が鋭い者が多いのだから。
そんなことを考えながら左右に立ち並ぶ本棚を眺めているジハードの隣には、どこか迷ったような表情のナズナ。


「……ねえ、ジハードくん」
「え?」
「全く関係のないあたしが、聞いちゃいけないことなのかもしれないけどさ」
「うん」

「あえて触れないでいたけど……ジャックさんって、エルフ族なんかじゃなくて本当は悪魔族なんでしょう?」
「そうかもね」
「やっぱり……! 余計なお世話かもしれないけど、悪魔族には絶対に関わらない方がいい。これは真面目な話よ」

眉を顰めたナズナは、真剣な眼差しでジハードを見つめる。


「ジャックさんにこれ以上関わり続けると悪いことが起きるわ。同じフロアにいるだけでも薄気味悪かったもの!」
「ナズナはジャック……というか、クウォーツに酷いことをされたのかい?」
「何かされたわけじゃないけど。だってあの人、この世のものとは思えないほど綺麗な顔をしていたのよ!?」

「うん、まぁそうだろうね。もしかして薄気味悪かったことってそれだけ?」
「それだけよ」
「それだけなら別にいいだろー。この世のものとは思えないような綺麗な顔でも、毎日眺めてりゃ若干見慣れるよ」

「見慣れるわけないでしょ。あれは人を堕落させる恐ろしい魔物だわ」
「うーん……とは言っても、あの顔をしたやつが毎晩近くで寝てたわけだし。そりゃあ見慣れるでしょうよ」
「状況が全く想像できないわ……」


ジハードが最も得意とする本心の見えない笑顔を顔に張り付けたまま、彼は穏やかな口調でナズナを振り返った。

「けれど不安に思っているあなたを巻き込むわけにもいかない。後はぼくらだけでも探せるから、もう大丈夫だよ」
「そういうわけにはいかないわ! あたしの方から手伝うって言ったんだもの。司書としての立場もあるんだから」
「もう十分に手伝ってもらったと思うけど」

「こう見えてもあたしは司書として誇りを持っているのよ。最後まであんた達を手伝うつもりでいるからね!」
「お人好しだなー」
「よく言われるわ。ナズナはお人好しを通り越して、お節介だってね」
「そこまで言ってないんだけどなぁ」

少々興奮気味に一気にまくし立てたナズナは、足音を鳴り響かせながらずんずんと進んでいく。
そんな彼女を苦笑を浮かべて眺めるジハードだったが、笑みが消えるとその表情はどこか暗いものが浮かんでいた。







「あのさ、サキョウ」
「どうした? もしや何か分かったのか」
「そういう訳じゃないんだけどさ」

脚立の上から突如降り注いできた声に、サキョウはゆっくりと顔を上げる。
巨漢である彼よりも更に上。天井に届きそうなほど高い脚立の上で本を手に座り込んでいたティエルの声であった。
クウォーツの貸し出し履歴に名を連ねていた本を彼女は膝上に数冊乗せており、何気なくぱらぱらと捲って見せる。


「……ただクウォーツも、この場所で脚立に腰掛けながらこの本を読んでいたのかなぁって」
「そうだな。だがあいつは一体何を調べていたのだろうな。古くから伝わる禁じられた儀式に関連する本ばかりだ」
「クウォーツは一体何を思いながら、一体どんな気持ちを抱えながらこの場所にいたのかなって思うんだ」

「ジハードくんが言ってました。その方は失くした記憶を取り戻したいと。関連があるんじゃないでしょうか?」
「関連っていっても……死者を腐敗させない儀式とか、夜の住人が完全に光に抗体が持てる儀式とかばっかりだよ」
「えっ?」
「え? ヴィステージ、どうしたの」

向かいの棚で何冊か本を手にしていたヴィステージが発した素っ頓狂な声に、思わず振り返るティエルとサキョウ。


「あたしが持っている本も、その儀式に関連する書籍ばかりですよ!」
「その儀式って?」
「夜の住人が完全に光に対する抗体を持つことができる儀式です。……夜の住人とは悪魔族に対する別称なんです」

「確かにワシが今手にしている本の中にも、そういった儀式の記述があった。しかしあいつは何故そんなことを?」
「ティエルちゃん達が探している人は悪魔族なんですよね? それなら別におかしな話じゃありませんよ」
「いや、あいつはメビウスの指輪を持っている。指輪の効力によって光の耐性があるはずだ」
「そうなんですか。じゃあ……そのメビウスの指輪というものがなくても、完全なる耐性が欲しかったとか……?」


クウォーツがどうやら『夜の住人が完全に光に抗体が持てる儀式』を重点的に調べていたことまでは分かったが、
何故それを調べていたのかまでは勿論知る由もない。確かに彼は指輪の効力で、光に対する耐性を持っている。
そんなクウォーツが一体何のために調べていたのだろう。それとも……自分ではない誰かのために調べていたのか。

ティエルが開いていたページには、かつて儀式を未完成のまま行い、炎に包まれる哀れな悪魔の姿が描かれていた。





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