Lord of lords RAYJEND 第二幕「漆黒のクインテット」 第5章 シルヴァラース古代図書館

第46話 遥かなる古の図書館 -3-




「……ねえ、ジハードくん。ジャックさんの手掛かりとやらは見つかったの?」

禁じられた儀式に関連する書物がずらりと並ぶフロア六十六。
何冊も床に本を積み上げて先程から無言で書物を読み続けるジハードに声を掛けたのは、脚立に腰掛けるナズナだ。
黄緑色の鮮やかな髪を左右の高い位置できっちりと結い上げた、そばかすの目立つ気の強そうな印象の娘であった。

自らをお節介だと称する彼女は、快くジハード達に協力を申し出てくれたのだ。正直司書の存在は大変ありがたい。
先程からナズナは、クウォーツの貸し出し履歴に残った本をジハードに渡していたのだが……。
十五冊ほどの分厚い書物を横に積んだジハードは、珍しく真剣な表情を浮かべて床に座り込みながら黙ったままだ。


「なんとなくあいつが調べたかった内容の目星は付いたけど、何故調べていたのかまでは分からないんだよなぁ」
「調べたかった内容って何なの?」
「一見禁じられた儀式に関連する本を手当たり次第に借りているようにも思えるけど、実は内容は一貫してるんだ」

「そうなの? 本のタイトルはみんなバラバラみたいだけど……」
「まぁ、ここまでだったら恐らく向こうのティエル達も気付いているだろうし。問題は調べていた理由なんだよな」

ナズナから声を掛けられ、ひょいと顔を上げたジハードは相変わらず人畜無害の好青年スマイルを浮かべていた。
微笑みを絶やさない彼だが、笑顔が胡散臭いと言われることがある。当然だ。心が伴っていない笑顔なのだから。
それでも多くの人々を簡単に騙せてしまうのだから、ある意味これも一つの才能である。


「なかなか興味深い文献が多い。禁じられた儀式の分野は完全に専門外だから勉強になるよ。ぼくも借りようかな」
「ちょっと、あたしはジハードくんの読書に付き合ってあげるほど暇じゃないわよ。さっさと次の本に行くわよ!」
「わっ、読んでいる途中なんだから取り上げるなってば。……だからもう手伝わなくてもいいって言ったのに……」

「何か言った!?」
「うん? なーんにも」

脚立から飛び降りてきたナズナに、積み上げていた本を全て奪われてしまい思わず本音が出てしまったジハード。
当然彼女はじろりとジハードを睨み付けるが、素知らぬ顔をしながらやり過ごす。
そんな間にもナズナが新たな書物を次々と積み上げていく。少々乱暴に積み上げられているのは気のせいだろうか。

乱雑に積み上げられた本から舞い上がる埃。相当古い本なのだろう。ジハードは何回か軽い咳をしつつ口を開く。


「あなたは本当に司書の仕事を誇っているんだろうね。その上責任感もある。それは勿論よく分かるんだけど……」
「なによ?」
「……でも、本も生きているんだ。だからそんなに乱暴に扱っちゃ駄目だよ」

分厚い書物を放り投げるように置いたナズナの手の上に、ジハードは優しく手を重ねながら穏やかな口調で言った。
手を触れられるとは思わなかった彼女は思わず目を見開いて振り返る。
勿論ジハードに全く他意はない。彼はかなりスキンシップが多い方なのだが、そんなことは勿論ナズナは知らない。

元々一目見た時からジハードの容姿が好みのタイプだったこともあり、ナズナの顔が耳まで真っ赤になる。


「わ、分かったわよ。分かったから……突然女の子の手を握るのは反則よ。色々と勘違いしちゃうわ」
「反則? 手を握ってもティエルからは何も言われたことがないんだけどな。ヴィステージには一度怒られたけど」
「鈍そうなティエルはともかく、あの癖毛の女の子は純情そうじゃない。そんな子にちょっかいかけたら駄目よ!」

「ちょっかいねぇ。あはは、そういうつもりは全くないんだけどなぁ」
「うわぁ……あんた、なかなか悪い男ね」

「ナズナ」
「なっ……なによ」
「この図書館には魔導書や禁書のような本も保管されているのかい?」


爽やかな笑顔と共にジハードから問い掛けられ、ナズナは一瞬だけ視線を泳がせてから口を開いた。

「大きな声では言えないけどあるわよ。でも貸し出しどころか閲覧さえも禁止されているから、案内はできないわ」
「ふぅん、それは残念」
「何か気になることでもあったの?」
「いやいや別に何でもないよ。ただの興味本位で聞いてみただけだから」
「なによそれ、気になるじゃない!」


憤慨したように頬を膨らませるナズナから視線を逸らしたジハードは、どこか曖昧な笑顔を浮かべて見せる。
周囲は静寂に包まれており、同じフロアにいるはずのティエル達の声すらも聞こえてはこない。相当広いのだろう。
会話がなくなると相手の心臓の鼓動が聞こえてくるような錯覚さえあった。

手にした本のページをぺらりと捲るジハード。
文字は掠れ紙は完全に黄ばんでしまっており、相当年季が入っている書物なのだろう。古びた紙独特の匂いがした。
口を閉ざしたまま本に目を落とす彼の横顔を暫くの間眺めていたナズナだったが、やがておずおずと口を開いた。


「……ねえ、ジハードくんは本をよく読むの?」
「読書が趣味というわけではないけれど、割と読んだりはするかな。知識はあって困るようなものじゃないからね」
「まぁそのとおりよね」

「一番好きなのは料理本や歴史本かな。次に読むのは医学書と……ああ、リーベルクの童話シリーズが好きかなぁ」
「リーベルクの童話シリーズ? やだ嬉しいな、あたしも子供の頃からずっと大好きなのよ!」
「あれは大人向けの童話だよな。話の構成や文章も勿論好きだけど、一番好きなのは筆者が描いている挿絵だな」

「とても幻想的なのよねぇ、あの挿絵。様々な考察本が出ているけど、冒頭の詩はやっぱり主人公だと思うのよね」
「ナズナの解釈はそうなんだ。ぼくはね、冒頭の詩は主人公ではなくて彼の幼馴染みだと思ってるよ」
「そういう説もあるわね。あの幼馴染みとの別れは何度読んでも泣いちゃうのよね……」


いつの間にやら声のトーンが上がってくる。
ナズナは脚立から飛び降りるとジハードの隣に腰を下ろし、熱心にリーベルクの童話シリーズの解釈を述べ始める。
それは違うと思う、これは確かにそうだ、一般的な意見から言うと。解釈本はそうだけれど、個人的な意見では。
暫くの間そんな白熱したやり取りを続けていたジハードとナズナであったが、はっとした表情で顔を見合わせた。

「……ごめん、話し込んでしまったね。リーベルクの童話って割とマイナーだから、話せる人がいて嬉しくてね」
「あたしもよ。もっと有名になってもいいと思うのに……あれは童話というより文学だと思うわ」

興奮が冷め切らないといった表情で話していたナズナだが、思い出したようにポケットから懐中時計を取り出した。
時刻は閉館時間である午後五時五分前。
いつの間にか時間が経過していたようだ。一度昼食で中断はしていたが、集中していると時間が経つのは早い。


「いけない、もう閉館時間だわ。残念だけどジャックさんの手掛かり探しはまた明日ね」

周囲に積み上がった本を二人で手早く元の場所へと戻し、脚立を片付ける。
ティエル達との集合場所はフロアの中心に位置する読書スペースだ。ナズナと雑談を交わしながら向かっていると、
既に読書スペースではティエル達三人の姿が見えた。彼らの表情から察するに、大きな収穫はなさそうであった。


「三人ともごめん、お待たせ」
「あっ、ジハード! クウォーツが知りたかったことは少し分かったけど、何のためにってのが分からなくてさぁ」
「こちらもそれほど収穫はないかな。後は宿の部屋で話すよ」

「不吉な書物ばかり読んでいたら、なんだか頭がくらくらとしてきました。気のせいか血の臭いもするような……」
「それはいくら何でも気のせいだと思うぞ、ヴィステージよ」

「……まぁとにかく明日一日手掛かりを探して、これ以上収穫がなければ一度メドフォードに戻って仕切り直そう」
「えっ、もうメドフォードに帰らなくちゃいけないの!? 嫌だよジハード、まだここに残って調べ続けたいよ!」
「別にあいつを探すことを諦めたわけじゃない。仕切り直すだけだからさ」
「うん……」


思わず肩を落としてしまったティエルを慰めるように、ジハードは優しく笑いながらぽんぽんと叩いた。
『諦めるわけではなくて仕切り直すだけ』という言葉に漸く納得したのか、彼女はつられたように笑顔を浮かべた。
人一倍空気を読むヴィステージは、そんなティエルの腕を引いて『宿はどんなお部屋でしょうね』と話題を逸らす。

その時。ワープゲートに向かって歩いていく彼女達を眺めていたジハードの顔を、突然ナズナが覗き込んできた。


「……ねえ」
「うわ、びっくりした」
「ジハードくん達、明後日には古代図書館を発つ予定なの?」
「まぁね。人探しが目的だから、長居はあまりしたくないんだ。ここは機会があればまた訪れてみたいけどね」
「うん、そうよね。残念だけどそれなら仕方がないわ」

ジハードの言葉を聞くとナズナはあからさまに残念そうな表情を浮かべていたが、意を決したように顔を上げる。


「今夜、ちょっとだけ時間ある? ジハードくんに見せたいものがあるんだけど……まぁ無理にとは言わないわ」
「そうだなー。その時に寝てなかったらね。ぼくは基本的に早寝だから、できれば早めの時間にしてくれるかな?」
「図書館が消灯する時間じゃないと意味がないのよ……って、あんた女の子に誘われておいて寝るつもりなの!?」
「いや、睡眠は割と大事だろー」
「女の子からのデートの誘いと睡眠、どっちが大切なのよ!?」

急に怒り始めたナズナからぐいぐいと詰め寄られ、ジハードは暫しの間だけ真剣な表情を浮かべながら思案する。
一方。ティエルやサキョウは、突如背後から聞こえてきたナズナの大声に驚いて振り返っていた。
同じく振り返ったヴィステージは女の勘で何かを察知したらしく、複雑そうな表情を浮かべながら眺めていたが。


「どっちが大切って……そりゃあ睡眠の方かなー」
「何それ!? ジハードくん、あんた顔は良いけど絶対にモテないでしょ。それか、すぐにフラれるタイプだわ」
「あはは、それは失礼だなぁ。ぼくにも色々と事情があってね」
「睡眠が大切な事情って何よ!?」

含み笑いを浮かべているジハードだが、ナズナが興味を示す更なる墓穴を掘ってしまったようだ。
ナズナから質問攻めにあっている彼の姿をはらはらとした様子で眺めていたヴィステージは、ティエルを振り返る。

「……ティエルちゃん」
「ん、どしたのヴィステージ」
「見ましたか」

「なにを?」
「なにをって、この状況ですよ。これはもしかして一波乱あるんじゃないでしょうか」
「一波乱? 有力な手掛かりが見つかっていない今の状況が? そりゃあ良くないよ。明日もがんばろー!」
「そういう意味で言ったんじゃないんですが……」

気合いを入れるために手を上げて見せるティエルの様子に、ヴィステージは複雑な表情を浮かべながら歩き始めた。





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