Lord of lords RAYJEND 第二幕「漆黒のクインテット」 第8章 ディア マイ フレンズ

第79話 ディア マイ フレンズ -1-




「あーあ。……折角の週末だってのに、オレ達は揃って城門の夜勤かよ。城下町に遊びに行きてーなぁ」

夜も更けたメドフォード城。至る所に設置されている壁掛け松明のために、周囲は薄っすらと橙色に包まれている。
見上げるほど高い城壁の左右に位置する側塔から、口を尖らせつつ担当場所まで向かっているのは兵士のリックだ。
彼と相棒のジョンは先月の昇進テストでぎりぎりラインで合格し、めでたく万年見習い兵士から卒業となった。

ジョンとリックは見習い兵士の過去最長記録を更新し続けており、そろそろ危機感を覚えていたところだったのだ。
だがその喜びも束の間で、見習いだった頃と比べて仕事の量が更に増え、伴う責任も比例して重くなってしまった。
給料は上がったが夜勤も増えた。あまりにも見習い期間が長すぎたために、怠け癖が付いているのかもしれない。


「おい、ジョン。オレの話を聞いてんのかよ」
「聞いてるって」
「そりゃあ正式な兵士になれたのは嬉しいけどさ。これでティエル姫様との距離も少し縮まったような気もするし」
「まぁ……縮まったと言えばそうなるのかね。相変わらず凄い距離のままだろうけど」

「うるせーな。正式な兵士になってモテるかもって期待してたのに、全然モテねーじゃんか。どうなってんだよ?」
「どうもなにも、ただオレ達にはモテる要素がないってだけだろぉ」
「モテないお前と一緒にするなっつーの! オレはこう見えても流行にも詳しいし、女受けするスリムな体型だし」

「うーん……モテてるサイヤーさんは男らしい体型だし、ジハードさんは細身だけど割と筋肉質だぜ?」
「ジョン。お前、オレの親友のくせに水を差すようなことばっかり言いやがって。少しは気を遣えっての!」
「別にモテなくてもいいじゃん。オレ達は晴れてメドフォードの正式な兵士だぜ? やる気も出てくるってもんよ」


どこかやる気のないリックとは裏腹にジョンの瞳は珍しくやる気に満ちている。
食べ物が絡んでいない物事に対して彼がやる気を見せるのは、非常に珍しいことだった。それほど嬉しかったのだ。

「オレの父ちゃんも母ちゃんも本当に喜んでくれたし。弟なんて、オレも兵士になるーとか言い出しててさぁ」
「単純なやつは羨ましいぜ……お前も親友なら、ちょっとくらいオレと姫様が上手くいく方法でも考えてくれよ」
「諦めた方が現実的だと思うけどな。相手はお姫様だぜ? 一芸に秀でているとか、誇れるものがないと無理だろ」

「……ティエル姫様は、相手の身分や能力で好きになったりする性格じゃねーよ」
「確かに姫様は身分や容姿の良し悪しなんて気にしないお方だけどさぁ」
「だろ? だろ!?」
「そんなに姫様が気になるなら、ジハードさんに姫様の好みのタイプとか聞けばよかったじゃんか」

「いやだから、オレはジハードさんが苦手だって何度も言ってるだろ。できるだけあの人とは接したくないんだよ」


本心の見えない笑顔が特徴である白髪の美青年の姿を思い浮かべ、リックはわざとらしいほど大きな溜息をついた。
このメドフォード城で一番ティエルに近しい存在だ。その関係は家族のようなものであるが、リックは面白くない。
王女として出会ったわけではなく、ただのティエルとして出会った存在は彼女にとって掛け替えのない存在である。

それは勿論理解はしているのだが……やはり面白くないのだ。
ティエルに想いを寄せているリックにとっては、若い男が側にいるというだけでも気分がもやもやとして晴れない。
曇ったリックの気分に反して夜空は星が瞬き、城門前の深い林は静まり返っている。とても静かな夜であった。

林の向こうには城下町が広がっている。町の大部分は寝静まっている頃だろう。
だがこのメドフォード王国にも眠らない場所は数多く存在し、今でも人々の賑やかな笑い声に包まれているはずだ。


「初めて会った時から、ジハードさんって全てを見透かしたような顔してこっち見てくるような気がするんだよな」
「まあ実際、あの人は観察眼鋭いだろうな。滅多に人を信用しないタイプっていうか」
「苦手なのはそういうところなんだよ。オレが姫様のことが好きだってあの人が知ったら、内心大笑いしそうだし」

「……お前ってジハードさんに随分歪んだイメージを持ってるんだな」
「じゃあ逆に、お前はどうしてそんなにあの人に対して警戒心が薄いんだよ?」
「あの人は本当に姫様のことを大事に思っているって、よーく分かるしな。なにより姫様の大切な仲間なんだぜ!」

「それだけが理由かよぉ……」
「あと料理上手ってところが大きいね。美味しい料理を作れる人に、決して悪い人はいないってのがオレの持論だ」
「そんな訳あるか!」

「おい! ジョン、リック。雑談をするなとまでは言わないが、しっかり見回りをしているんだろうな!?」
「は、はい先輩!」


会話に夢中になっていた二人の背後には、いつの間にか強面の先輩兵士が腕を組みながら立っていたのだ。
城門の上は広い渡り廊下になっている。左右に位置する側塔には、夜勤の兵士達の休憩室や仮眠室が存在している。
まだ交代の時間ではなかったが、強面の先輩は兵士に昇格して間もないジョンとリックが心配で見回ってきたのだ。

「とは言っても、こんなに静かな夜だ。何事もないとは思うが、念には念を。僅かな気の緩みが大事に繋がる」
「勿論分かっていますよ先輩!」
「……返事だけはいいんだよなぁ、お前ら二人って。交代まではまだ長い。あまり気張りすぎずに頑張るんだぞ」


そう言いながら去っていく先輩兵士の背を暫くの間眺めていたリックだったが、ふと視線を城門前の林へと戻した。
何故このタイミングで戻したのかは自分でも分からなかった。ただならぬ気配を感じ取ったのか、虫の知らせか。

人影だ。薄暗い林の奥から、真っ直ぐにこちらに向かって歩いてくる人影。背格好からして男のようにも見えた。


「こんな時間に一体誰だろうな。おい、ジョン。誰かがこっちに向かって歩いてくるぞ。もしかして姫様達かな?」
「馬鹿言えよ。姫様はもっと小柄だっつの。どう見てもあれは男の人影だぜ。しかも随分と奇抜な格好したやつだ」
「男ぉ? 奇抜な格好って、ジハードさんか?」

「いやいやあの人はもう少し背が高いだろ……リック、そっちの松明を持ってこい」
「姫様達じゃなければ誰なんだよ。町人が城に訪問するような時間じゃないぞ」
「おい、どうした二人とも?」
「あ、先輩。なんか男が城門に向かって歩いてくるんですよ」


首を傾げるジョンとリックだったが、駆け寄ってきた先程の先輩兵士は近付いてくる相手を注意深く観察していた。
やがて人影は城門の手前で立ち止まり、城門の上から見下ろしているジョン達に向けて深々と首を垂れる。
まるで道化師のような化粧と衣服を着た小柄な男であった。白塗りのメイクは常に笑顔であり、表情が掴みにくい。

二股に分かれた大きな赤い帽子に、縞模様のタイツ。ひょこひょこと飛び跳ねるような歩き方で男が顔を向けた。


「メドフォードの兵士の皆しゃま、こんな夜更けにお仕事ご苦労様でしゅ。でも、何もない夜は退屈でしゅよね?」
「!?」
「……という訳で、このゾルディス宮廷道化師のタムラマから皆しゃまに、とっておきの贈り物がありましゅよ!」

タムラマと名乗った奇妙な道化師は肩を震わせながら笑い、グローブのような大きな手袋をはめた指を鳴らした。
すると彼の周囲の土がいくつも盛り上がり、黒ずんだ緑の腕がリック達の目に映った。腐りかけた死人の腕である。
一年以上も前。メドフォード城奪還の際に何度も目にした、生ける屍アンデッド兵だ。


「な、なんだよこの男は!?」
「敵襲だ!!」
「早く鐘を鳴らせ、皆に知らせるんだ!」

土の中から数十体のアンデッド達が姿を現すと、彼らはふらふらとした覚束ない足取りで城門へと歩み寄ってくる。
暫し呆然としていた門番達は漸く我に返り、城内に一歩も入れさせてなるものかと武器を手にして向かって行った。
その様子を楽しんでいるように眺めていたタムラマは、それから背後の林を振り返る。

「作戦開始でしゅ。それでは、お次に暗殺部隊しゃん達の登場でしゅよ。皆しゃま、拍手でお出迎えくだしゃい!」
「!?」

林の暗がりに身を潜めていたのだろうか。いつの間にか黒い鉄兜を身に着けた数名の人影が姿を現したのだ。
ゾルディス王国の軍事のほぼ全てを握っている、ヴェリオル元帥直属のエリート部隊。悪名高い黒騎士団であった。
六名の黒騎士団はアンデッド兵に苦戦する門番達を次々と切り捨てると城門を突破していく。一瞬の出来事だった。


「ひょひょひょ。そこの冴えない顔をした兵士しゃん達」
「!」
「そうそう、城壁の上でボンクラ顔を晒しているあんたしゃん達でしゅよ」

唐突にタムラマから声を掛けられ、ぎくりとしたようにジョンとリックが硬直する。恐怖のあまり身体が動かない。

「トーマ大臣とフレデリク近衛兵長に伝えてくれましゅか? あんたしゃん達を暗殺しに来ましたでしゅよって」
「あ、暗殺!?」
「マロのご主人しゃまにとって、メドフォード王国は目の上のたんこぶのような存在なんでしゅ。邪魔なんでしゅ」


敵襲を知らせる鐘が監視塔から鳴り響き、武器を構えた兵士達が立ち向かっていく。
しかし痛みを恐れぬアンデッド兵は腕を斬られようが腹を刺されようが全く怯む様子はない。ただの殺戮の肉塊だ。
明らかに一年前のアンデッド兵達よりも強力になっているようだった。たった一体に兵士五人がかりで立ち向かう。

その上エリート集団である黒騎士達六名は既に城門を突破している。
彼らに掛かれば戦う力を持たないトーマ大臣は勿論、フレデリク近衛兵長の首を取ることなど簡単なことであった。
そんな様子を満足そうに眺めたタムラマは、リック達に向けてひらひらと手の平を振って見せる。


「それでは、平和ボケしたメドフォードの皆しゃん。強化されたアンデッド兵を相手に精々頑張ってくだしゃいな。
 ……あぁん、マロはそんなことよりも早くゾルディス王国に帰って愛しのヴェリオルしゃまに会いたいでしゅ!」

「ならもう帰るわよ。何でこのアタシが、こんな不細工なチンチクリンと一緒に行動しないといけないのかしら?」

「不細工なチンチクリンなんて酷いでしゅよ、ダフネしゃま」
「本当のことを言って何が悪いのよ。言っておくけどアタシ面食いだから、不細工な男を見ると腹が立ってくるの」

憤慨するタムラマの背後に音もなく歩み寄ってきたのは、肌も露わな格好をした随分とふくよかな体型の中年の女。
魅惑的な肉厚の唇。大きな鼻。ぴったりとした長いドレスに、濃い茶の髪を頭の上できっちりとまとめ上げている。
歩くたびに豊満な乳房が揺れており、今にもドレスから零れ落ちそうであった。


「本来なら今頃愛しのダーリンとペアだったのかもしれないのに、こんな不細工な男とペアだなんて酷い仕打ちよ」
「ダフネしゃま。あの男はそもそもこんな作戦のために外には出ないでしゅよぉ……その上今は行方不明でしゅし」
「お黙り! 愛しのダーリンは必ずゾルディス王国に帰ってくるわ。だって、このアタシがいるんですもの」

「……あの男のどこがそんなにいいんでしゅかねぇ? 誰よりも頭の狂っている危険人物にしか見えないでしゅよ」
「そんな享楽主義で狂ったところが彼の魅力なのよ。美しいダーリンはアタシだけのものよ。誰にも渡さないから」
「マロには理解できない世界でしゅねぇ」

大げさに溜息をついたタムラマは、恋する乙女のように胸の前で手を組んでいるダフネを呆れたように眺めていた。





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