Lord of lords RAYJEND 第二幕「漆黒のクインテット」 第8章 ディア マイ フレンズ
第80話 ディア マイ フレンズ -2-
ジハード達がシルヴァラース古代図書館を発って三日。
彼が予想していたとおり、確かに古代図書館内にはメドフォード王国方面へのワープゲートが存在していたのだ。
行き先はメドフォード王国から西に位置するフラワーガーデンの森だ。ここからならば二日もあれば城へ辿り着く。
水と緑のメドフォード王国は広大な森に囲まれている。北の光ゴケの森、南のミストの森、東のマンティコラの森。
そして西のフラワーガーデンの森だ。訪れる旅人達はマンティコラの森やフラワーガーデンの森を使うことが多い。
マンティコラの森は一年中湿った空気が漂い、生息している凶悪な魔物はAクラスハンターですら倒すのが困難だ。
だが、魔物の元に誘う黄色の花にさえ気を付けていれば遭遇する可能性はかなり低いのだ。
フラワーガーデンの森はその名の通り様々な花が咲き、精霊が住んでいるという言い伝えもある美しい森であった。
ワープゲートはフラワーガーデンの森付近の小さな関所へと設定されていた。
ジハードの体調を気遣い途中で野宿を挟み、メドフォード城下町近辺に辿り着いたのは随分と夜が更けた頃だった。
シルヴァラース古代図書館を発つ前に彼らはもう一度ナズナの眠る墓所に行き、墓前に黄色の花を手向けたが、
やはりジハードの表情はいつまでも暗く浮かないままであった。本来であれば彼は旅ができるような状態ではない。
命に係わるような怪我を負った彼が、無理を言ってメドフォードに帰ると言った心境はどんなものだったのだろう。
勿論サキョウやヴィステージには分からないことだったが、ただ、ほんの少しでもいいから前へと進みたいという
ジハードの強い意志を察したからこそ二人は出発を承諾したのだ。
フラワーガーデンの森は比較的穏やかで凶悪な魔物が出没するといった話は聞かない。
昼であれば様々な色の美しい花が楽しめたはずだが、今の三人には花を見て楽しむといった心境にはなれなかった。
状況は最悪だ。ティエルは生死も分からず行方不明。そして無関係のナズナを巻き込み、無残に死なせてしまった。
考えなくてはならないことが多いが、まずは状況をトーマ大臣やフレデリク近衛兵長に説明しなくてはならない。
そう真剣な表情で言ったジハードの姿を若干驚いた様子でサキョウは見つめていた。
以前のジハードならば報告など全く考えず、すぐさまティエルを探しに行く段取りを決めて旅立っていたはずだ。
自分達を信頼してくれ、何よりも大切な姫君を送り出してくれたトーマ大臣達に義理を感じているのかもしれない。
一年もの間メドフォード王国で暮らしていたために、ジハードは国の一員という自覚が少しずつ芽生え始めていた。
時刻は既に深夜である。
フラワーガーデンの森から漸く城下町に入ると民家の明かりは既に消えており、しんと静まり返った印象を受ける。
美しく舗装された石畳を、不慣れな松葉杖を突きつつ進むジハードに合わせてサキョウ達はゆっくりと歩いていた。
「ジハード、大丈夫か? 傷が痛むなら城下町で一夜を明かしてから城に向かった方がいいのではないか」
「そういうわけにもいかないよ、もうここまで辿り着いたんだからさ」
「しかしなぁ……」
「サキョウが思っているほどそんなにやわじゃない。戦闘は暫く難しいだろうけど、日常生活に支障はないはずだ」
「その状態は支障がないなんて言いませんからね? 今でも食事や着替えもかなり苦労しているじゃないですか」
「あはは」
「まーっ、笑いごとですか!」
「それにしても、この先ティエルを一体どうやって探せばいいのだ。まぁ……リアンに確認するのが一番だろうが」
「ぼくは怪我が治ったらゾルディスへ向かい、リアンに会おうと思っている。勿論ティエルの行方を聞くためにね」
「ゾルディス王国に? みすみす殺されに行くようなものだぞ!?」
「リアンに会うためには仕方がないことだよ。それに、このしぶといぼくが簡単に殺されると思っているのかい?」
「自分でしぶといと言ってしまうんですか。……確かにジハードくんが言うと妙な説得力がありますけど」
目前には城下町とメドフォード城を隔てる林が広がっている。この林を抜けるとすぐに城門が見えてくるだろう。
そこまで進んだ時に、ふとジハードが首を傾げた。
城と町を隔てる林の入口は普段であれば見張りの兵士達が数名立っているはずだったが……その姿が見えないのだ。
立ち止まりながら用心深く周囲の様子を窺っていたが、林の奥からこちらに向かって歩いてくる人影に眉を顰める。
見張りの兵士ではないようだ。随分と軽い調子で歩いてくるような足音であった。
「……やあやあ久しぶりだねー、ジハードくん。確か数ヶ月前にゴールドマインで出会った以来だったかな?」
「!!」
「サキョウのおっちゃんも石化から無事に戻ることができて良かったなぁ。オレ、結構本気で心配していたんだぜ」
月明かりの下に姿を現したのはへらへらとした笑みを浮かべている青年。緑の帽子に長いローブ。アリエス博士だ。
一瞬で緊迫した空気に包まれるジハード達であったが、アリエス本人は親しい友人達に出会ったような様子である。
この男こそが、大公爵アスモデウス復活の儀式のためにゴールドマインを壊滅させた人物だった。
「アリエス……」
「あれ、ジハードくんったら珍しくボッコボコにやられてねーか? 包帯に青痣だらけの姿はなんだか新鮮だなー」
「それでもあなたに負ける気は一切しないけどね。……それより一体メドフォード王国に何の用かな」
「オレはメドフォードっていうか、あんた達の方に用があるんだけどな。……あれ? ティエルちゃんはどこだよ」
「本当にティエルの行方を知らないのかい」
「何でオレが知ってるんだよ。ちょっとジハードくん、怖い顔すんの止めてくんない? 割と苦手なんだよその顔」
アリエスの様子から、どうやら本気でティエルの行方を知らないようだ。
このことから、リアンがヴェリオルのために彼女をゾルディス王国に連れ帰った線は消えたといってもいいだろう。
それならば転移魔法で世界のどこかにティエルを飛ばしたという線がいよいよ濃厚となってくる。
「アリエスよ、ティエルはゾルディス王国にはいないのだな? ヴェリオルの手中ではないと信じてよいのか」
「おっちゃんまで何を言っているのかよく分かんねーけど、ティエルちゃんはゾルディス王国にはいないと思うぜ」
「本当なのだな?」
「もしもロリコン旦那の手に渡っていたら、あの旦那ウキウキで騒いでいるはずだし。相変わらず毎日不機嫌だよ」
「……誰なんですか、この緑の帽子の少年は。ジハードくん達のお友達ですか?」
明らかに敵意を剥き出しにしているジハードと、懐疑的なサキョウ。裏腹に和やかな口調で話し続けるアリエス。
そんなただならぬ雰囲気を感じ取ったヴィステージは表情を曇らせる。
「おっ、この嬢ちゃんは初めて見る顔だな。ほほー、エルフの嬢ちゃんか。派手さはないけどそこがまた可愛いね」
「君のような少年に嬢ちゃんなんて呼ばれたくないです……」
「オレって年下に見えるぅ? 照れちゃうねーって……よく見たらあんたの顔、どっかで見たことがあるような?」
帽子を被り直しながら首を傾げるアリエス。ヴィステージを暫くまじまじと見つめていたが、思い出せないようだ。
「まぁいいか。……そうそう、今回オレはあんた達と戦う気は全くないからさ。招待状を届けに来ただけなんだよ」
「招待状?」
「焔の魔女殿からの招待状さ。我がゾルディス王国の輝かしい新君主の戴冠式に、あんた達を招待するんだってさ」
「輝かしい君主って誰のことだよ。王位継承者だった二人の王子が即位でもするのかい?」
「ジハードくんったら分かってるくせにぃ。ゾルディス王国を統べる君主といえば……あのお方しかいねーだろ?」
「……大公爵アスモデウスか」
「そのとおり。悪魔族嫌いのヴェリオルの旦那が、この先どう出るかが見物ではあるけどな。内部も揉めてんのよ」
病床のゾルディス王。王位継承者の二人の王子。もしかしたら既に彼らはこの世に存在していないのかもしれない。
ヴェリオルかリアンか。そのどちらかに消されている可能性が高い。
あの大公爵アスモデウスがゾルディス王国に君臨するのだという。『全ての者達が幸せに暮らせる国』を目指して。
本当にアスモデウスはそんな国を作るつもりなのだろうか。甘い言葉でリアンを騙しているだけなのではないか。
ゴールドマインで彼の目を見た瞬間、心臓を冷たい手で鷲掴みにされたような錯覚をジハードは感じた。
できることならばアスモデウスという人物には金輪際関わりたくはないと思わせるほどの恐怖があった。……だが。
「戴冠式だって? 喜んで行ってやるよ。……招待をされたからじゃない、これはぼくの意志だ」
「アリエスよ、焔の魔女に伝えるのだ。ワシのこの手で目を覚まさせてやる。償いなら共に背負ってやろうとな」
「それを聞いて安心したぜ。やっぱりあんた達はこうでなくっちゃね」
「……」
「本当はあんた達の足止めも兼ねていたんだけど、せっかくだからとびきりの情報を教えてあげちゃおうかなー?」
「足止めだって?」
「オレは焔の魔女殿の使者だけど、実はヴェリオルの旦那からの使者もメドフォード城に到着しているんだよなぁ」
「ヴェリオルからの使者だと? あやつが今更メドフォードに一体何の用があるのだ!?」
「うーん。よく聞いていなかったけど、大臣と近衛兵長の暗殺だったかな。……急いだ方がいいかもしれねぇぜ?」
「!!」
そのアリエスの言葉を耳にした瞬間。片足に怪我を負っていることも忘れて、ジハードが地面を蹴って駆け出した。
この時間帯は城の守りが一番手薄になる。それを知っているからこそ彼は脇目も振らずに城に向かって行ったのだ。
数秒遅れて状況を察知したサキョウも林の向こうに駆け出していく。
未だに事情が呑み込めないヴィステージが立ち尽くしていたが、漸く我に返ると二人を追うために足を踏み出した。
その様子を、にやにやとした笑みを浮かべながらアリエスが眺めている。この状況を楽しんでいるのだ。
「エルフの嬢ちゃんさー、よく鈍くさいって言われない?」
「君に言われなくても分かっています!」
「……やっぱりあんた、見れば見るほどオレの知ってる誰かに似てる気がするんだよなぁ。えーと、誰だったかな」
アリエスが思案している間にも、勿論ヴィステージの足は止まることなく彼女の姿は林の向こうへと消えていく。
そこで漸く一体誰に似ていたのかを思い出したのか、アリエスはぽんと勢いよく手を打った。
ゾルディスの切り札とも言われている、エルフ族の狂った男であった。
常に笑顔を絶やさない特徴はジハードを連想させるが、彼と決定的に違うのは『本心からの笑顔を浮かべている』。
如何なる時でもあの狂った男は本心から笑っているのだ。殺戮兵器を作り出す時も、人を殺す時も。愉しんでいる。
そんな狂った男に似ていると言われて喜ぶ女がどこにいるのだろうか。ましてや相手は純粋そうなエルフ族の娘だ。
女は泣かせるものではなく、笑顔にさせるもの。それがアリエスの信条だった。ただし仕事に関係なければ、だが。
わざわざ伝えることでもないと判断した彼は、林に向かってひらひらと片手を振って見せたのだった。
+ Back or Next +