Lord of lords RAYJEND 第二幕「漆黒のクインテット」 第8章 ディア マイ フレンズ
第81話 ディア マイ フレンズ -3-
「大変ですぞ、フレデリク近衛兵長殿! 突然城門前にアンデッドが現れ、現在兵士達と交戦中との情報が……!」
慌てた様子でトーマ大臣が寝間着姿のままフレデリク近衛兵長の私室へと飛び込んでくる。
大きく肩を上下させながら、近衛兵の一人に身体を支えられている状態であった。相当急いで走ってきたのだろう。
フレデリクの就寝時間は遅い。この日も部下達の報告書に目を通している最中であり、驚くこともなく顔を上げる。
「……アンデッドですと?」
「報告によると出で立ちは以前我が国を襲った屍兵と同じものだったと。憎きゾルディス国の襲撃に間違いない!」
「落ち着いて下されトーマ大臣殿。一体何故、ゾルディス王国が襲撃を? 被害状況はどうなっているのですか?」
「これが落ち着いていられますか! 刺客の何名かは城門を突破し、こちらに向かっているという話もありますぞ」
「こちらに向かっている?」
「どうやらやつらの狙いは大臣と近衛兵長の暗殺だと、城門前に現れた奇妙な道化師が言っていたらしいのです!」
呼吸を整えながら前に進み出たトーマ大臣はぶるぶると小刻みに震え始める。城が襲撃された夜を思い出したのだ。
戦う力を全く持たない大臣にとって、さぞかし恐怖の一夜だっただろう。
だが今頃になって刺客を送るとはどういうつもりなのだとフレデリクは眉を顰める。再び戦争でも始めるつもりか。
悠長に考えている時間はなさそうだ。標的の一人がトーマ大臣であるならば、彼を早く安全な場所に逃がすべきだ。
今この場にティエルがいれば、彼女は真っ先に剣を握って飛び出していたかもしれない。
「お前達、一刻も早くトーマ大臣殿を安全な場所へお連れするのだ」
「はっ!」
「それがしを暗殺だと? はっはっは、面白い。刺客どもめ、このフレデリク近衛兵長を仕留めてみるがいい」
唇の端を笑いの形に歪めながらフレデリクは立ち上がる。
久々に高揚しているのが分かった。身体中の血が熱く煮え滾っているようであった。年は取ったがまだまだ現役だ。
暗殺などふざけたことを企む者達など返り討ちにしてくれる。愛用の剣を手にしたフレデリクは扉に向かって行く。
「ティエル姫様の留守中にこの国で好き勝手させるわけはいかぬ。メドフォード王国は我らが必ず守って見せる!」
部下にトーマ大臣を任せると、フレデリクは数名の部下を連れながら用心深く廊下を足早に進んでいく。
先程の情報では刺客の何名かは城門を突破したのだという。あの強固な城門を抜けるとはなかなか手強そうである。
今更暗殺者を送り込んできたゾルディス王国の目的は知る由もないが、一人たりとも生きて帰すわけにはいかない。
「フレデリク近衛兵長とお見受けする。……覚悟!」
中庭に足を踏み入れた時。
突如左右から大剣を構えた鉄兜の男達が襲い掛かってきた。その数二名。悪名高いゾルディス王国の黒騎士だった。
正々堂々と戦うべき存在の騎士が暗殺とは、ゾルディスはどこまでも性根が腐った国だとフレデリクは眉を顰める。
フレデリクは年は取ったが実力で近衛兵長にまで上り詰めた男である。勿論若造などに負ける気は毛頭もなかった。
「舐めるな!」
「なにっ!?」
黒騎士達の剣が振り下ろされる前に、長年愛用し続けている大剣が煌いた。
悲鳴を上げる間もなく刺客二人はあっさりと切り捨てられる。その亡骸を飛び越え更に三名の刺客が向かってくる。
だがフレデリクの背後に控えていた近衛兵達もまた実力者揃いである。次々に飛び出すと刺客の剣を受け止めた。
……考えてもみれば当然の話だろう。彼ら近衛兵達は、メドフォード王族の警護を使命としている者達なのだから。
近隣諸国に名を轟かせているメドフォード騎士団に隠れがちではあるが、彼ら近衛兵団もまた選び抜かれた戦士だ。
隊列を組んだ近衛兵達に刺客の一人の剣が弾き飛ばされ、そのまま勢いよく白い柱に激突して地に崩れ落ちる。
「や……やはり強い」
「これがメドフォード近衛兵団の実力か。しかし我らもゾルディス黒騎士団。ここで諦めるわけにはいかぬ……!」
圧倒的な近衛兵団の強さを目の当たりにした残り二名の刺客達は、既にこのメドフォードで命を捨てる覚悟だった。
故郷ゾルディスから遠く離れた異国の地で、命令とあらば命すら投げ捨てる。黒騎士団はそんな者達であった。
だが圧倒的に人数差に黒騎士団は為す術もなく倒れていく。中庭には鉄兜を身に着けた五体の死体が積み重なった。
これで最後だろうか。……いや、まだ殺気は消えていなかった。噴水広場の影に、もう一人殺気を放つ者がいる。
「……さすがですね、誉れ高きメドフォード近衛兵団。あなた方の実力は十分思い知っていたつもりでしたが……」
「まだ一人残っていたか。どうやらお前で最後のようだな」
「ええ、残念ながら暗殺部隊はオレで最後になります。アンデッド部隊は今頃城門近くで暴れている頃でしょうが」
「なぁに。お前を倒してすぐに応援に向かうさ」
「それができればいいのですがね、フレデリク近衛兵長殿」
他の暗殺者達と同じく鉄兜。黒の衣装とは対照的な白いマント。全て魔法防御力の高い素材で仕立てられている。
この最後の一人は他の暗殺者とは違って一筋縄ではいかないようだ。全身から滲み出る殺気がそれを物語っていた。
それでもフレデリクは負ける気はなかった。暗殺者達を全員倒し、早く被害状況を把握せねばならない。
「そもそも何故それがしやトーマ大臣の暗殺を謀った? 再びこのメドフォード王国を侵略しようとしているのか」
「我が国の元帥はこの国を手に入れたいのです。強国の傘下に入ればメドフォードにとって悪い話ではないはずだ」
「お前達の国の傘下になれと言っているのか!?」
「はい。ですが……ミランダ女王の遺志を継ぐあなた方は新たな改革に非常に邪魔な存在だ。老兵は去るべきです」
「戯けた寝言を抜かすな青二才めが。年長者の言うことはよく聞いておくものだぞ?」
「新たな時代にあなた方の古い考えは必要がない。強い者が力を持ち、世界を作り変えていく。これが世の条理だ」
鉄兜の男の口調が冷たさを帯びる。ゆっくりと腰の剣を引き抜くと、男はフレデリク達に向かって剣を構えたのだ。
相手は一人。だがこちらはフレデリクに、近衛兵団五名。圧倒的な戦力差であるのに、怯む様子を全く見せない。
相当無謀な人物なのか、それともこの程度では戦力差とは感じていないのか。
剣を構えながら、鉄兜の男はじりじりと距離を詰めていく。同じくフレデリク達も微塵の隙も見せずに剣を構える。
次の瞬間。両者は同時に地面を蹴った。
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「メドフォード王国の兵士っていうのは案外大したことがないでしゅね。これならマロ一人でも十分だったでしゅ」
夜空に舞う銀色のブーメラン。タムラマの放った鋭利な刃は的確に兵士達を狙い、一人、また一人と倒れていった。
軌道が全く読めないのだ。まるで意思を持っているかのように、ブーメランは奇怪な動きを見せる。
タムラマ一人でも手こずっている状況の上、厄介なアンデッド兵も城門内に入り込んできている。防戦一方だった。
呪いの呻き声を上げながら腐肉を撒き散らして襲い掛かってくるアンデッド兵の姿に、ジョンとリックは戦慄する。
彼らは一年前のメドフォード城を取り戻す戦いでは雑用に回っていたため、実戦経験は殆どないと言ってもいい。
恐怖のために足が一歩も動かない。死しても尚戦い続ける命を持たぬアンデッド兵達の姿を初めて間近で見たのだ。
剥き出しの歯茎。変色した皮膚。腐りかけた眼球。辺りに漂う死臭。死者が蠢く姿はまさにこの世の地獄宛らだ。
その上一年前よりもアンデッド兵達が強力になっている。蘇らせた術者の魔力が更に強力になったためなのだろう。
アンデッド兵だけでも脅威であるのに、その上厄介な武器を扱う道化師タムラマまで好き勝手に暴れている状態だ。
大したことがないとタムラマに見下されたメドフォード兵団だが、彼らは然程弱くはない。常に訓練を重ねている。
だが今回は相手が悪かった。普通の兵士達を相手にしていたならば、恐らくこれほど劣勢にはならなかったはずだ。
腐肉を撒き散らしながら生ける者の肉を求めて襲い掛かってくるアンデッド兵士。
城門前で戦いを続けるメドフォード兵士達の旗色は悪い。恐怖のあまり足が竦んでしまった者の数も少なくはない。
じりじりと徐々に壁に追い詰められていく兵士達。その中に剣を構えたまま後ずさるジョンとリックの姿もあった。
「ひ……ひぃぃ、こいつら一体何なんだよ。死体が動いてるなんて、こんな馬鹿げたな話があるかってんだ!」
「オレも食われちまうのかなぁ……こうなるんだったら、もっと美味しいものを沢山食べておけばよかった……」
「あぁ、畜生! オレだってもっと姫様とイチャイチャしたかったぜ……!」
彼らの祈りも虚しく一斉に襲い掛かる屍兵。
その時だった。アンデッドの周囲に虹色に輝いた巨大な魔法陣が浮かび上がり、鋭い氷の雨を次々と降らせたのだ。
氷の雨は太い杭となりアンデッドの弱点とも言える頭部に突き刺さる。頭部を破壊された屍は二度と蘇らなかった。
一体誰が。……驚いてリック達が振り返ると、そこには虹色の魔力を身に纏ったジハードが立っていたのだ。
片手には同じく虹色に光を発する本を持ち、更なる魔法陣を描いて襲い掛かるアンデッド兵を次々と粉砕していく。
ジハードが類稀な魔術師とは噂で耳にしていたが、実際に彼が魔法を使用しているのを目にするのは初めてだった。
確かに圧倒的な力である。一年前のメドフォード城を取り戻す戦いでは、彼の魔法が勝利の鍵の一つだったという。
「ジハードさぁん!」
「あ、ありがとうございます。助かりました……!」
「……大丈夫かい」
「ええ、オレ達は大丈夫ですが……ジハードさんの方こそ具合が悪そうじゃないですか。一体何があったんですか」
周囲のアンデッド達が倒れるとジョンとリック、そしてメドフォード兵士達はジハードに駆け寄っていく。
だが、彼らの姿に気が付いて振り返ったジハードの顔色は優れなかった。額には汗を浮かせ、青痣や包帯が目立つ。
不安そうに顔を見合わせるジョン達を眺めてから、ジハードはアンデッドを嗾けているタムラマへと目を留める。
「ゾルディスからの刺客は、あの道化師とアンデッド兵士だけかい?」
「いや、確か他にも……」
「ジハード殿! 暗殺部隊は既に中庭まで侵入を許してしまったようじゃ。近衛兵団が応戦中との情報が入った!」
「あなたは……アルビン兵士副隊長か。久しぶりだね」
「もうすぐ騎士団もこちらに応援に向かってくるはずじゃ。それまでにあのふざけた道化師を止めねばならん」
「タムラマとは月鏡の城以来か。結局ぼくはあいつと戦わなかったけど、相当厄介な相手だろうとは思うよ」
「我らとジハード殿の力が合わされば勝てぬ相手では……うむ? おぬし、酷い怪我を負っているではないか!?」
「大した怪我ではないよ。さっさとタムラマを倒してしまおう。ああもう……あの変態道化師本当に面倒くさいな」
大きな溜息をつくと、ジハードから笑顔がすっと消えた。明らかな殺気が彼から放たれている。
突如薄ら寒い気配を感じて振り返ったタムラマが目にしたものは、拳を振り上げて突っ込んできたジハードの姿。
タムラマのような予想外の動きを得意とする相手には、魔法よりも拳で叩きのめした方が早いと判断したためだ。
紙一重で咄嗟に拳を避けたタムラマは、ぷんぷんと憤慨したようにジハードに向き直る。今のは正直危なかった。
「背後から攻撃するなんて酷いでしゅよぉ! それに、あんたしゃんは魔術師としての自覚が足りないでしゅ」
「どうして?」
「突然拳で殴り掛かってくる魔術師が一体どこにいるんでしゅか。ちゃんと魔術師らしく魔法を使ってくだしゃい」
「それを言うなら、道化師は道化師らしく玉乗りでもしてろよ」
「ひょひょひょ。マロは道化師でも、愛しのヴェリオルしゃまのために戦うプリティでキュートな道化師でしゅ」
「……かかってこいよ、変態道化師が。あなた一人くらい魔法なんて使わなくても倒してやる」
「変態道化師なんて酷い言い草でしゅねぇ」
手負いの身で魔力を消費すれば命に係わることもある。
今ここでタムラマ如きに生命力を消費するわけにはいかない。スカイブルーの瞳を細めて、ジハードは拳を構えた。
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