Lord of lords RAYJEND 第二幕「漆黒のクインテット」 第8章 ディア マイ フレンズ

第82話 ディア マイ フレンズ -4-




サキョウとヴィステージが漸くメドフォード城に到着する頃には、城門前の広場は惨憺たる状況であった。
呻き声を上げながら倒れているメドフォード兵士達。その周囲には頭部を破壊されて事切れたアンデッド兵達の姿。
負傷したメドフォード兵士は食い千切られた傷だけではなく、何か鋭利な刃物で切り裂かれたような傷跡も目立つ。

アリエスが言っていた『暗殺のためのヴェリオルの旦那からの使者』とは、アンデッド兵だけとは考えにくかった。
恐らく屍兵以外にも刺客を送り込んできているのだろう。それが、この鋭利な刃物を扱う者なのだと推測された。
手当てをすべきか前に進むか迷ったサキョウが足を止めた時。城門内からこちらに気付いた兵士が駆け寄ってくる。


「あなたは……姫様の仲間であるサキョウ殿とお見受けします。城を取り戻す戦いでは大変お世話になりました!」
「如何にもワシはサキョウだが。ワシを知っているようだが……すまぬ、おぬしが誰か思い出せぬのだ」
「あなたは思い出せないほど多くの者を救いました。瓦礫の下に埋もれたオレを助けて下さったご恩は忘れません」

「そうだったのか。いや、おぬしが壮健でなによりだ。だがこの状況はどうなっているのだ、敵は一体どこにいる」
「見張りの者の報告では道化師が一人、暗殺部隊が六名、アンデッド兵が多数と聞いております」

「道化師だと? 戦況はどういう状態なのだ」
「はい。暗殺部隊は近衛兵団と交戦中、道化師と屍兵達はジハード殿と我ら兵団が城門内で食い止めております」
「ジハードが!? あいつ、あの怪我で何を無茶なことをしておるのだ……」
「誰もが手を出せなかった道化師を相手に拳一つで戦う姿は、男のオレでもうっかり惚れそうになりましたよ!」 


……拳一つで戦う? 一体何をやっているのだジハードは。
確かに暫くの間は治癒魔法すらも使うなとは注意したが、だからといって拳で戦えなどとは一言も言っていない。
彼にとっては『魔力を使用していないのだから大丈夫』という判断だが、そもそも戦うこと自体が無茶な話だ。

両腕の捻挫はほぼ治りかけていたが、ジハードの右足は未だに折れたままだ。その上全身の刺傷も治っていない。
ちらりと隣のヴィステージに視線を送ると、彼女も重苦しい溜息をついていた。
今すぐにジハードを追わなければならないが、周囲に倒れている兵士達をこのまま放っておくこともできなかった。

鞄の中から小さな瓶に入ったポーションをごっそりと取り出したヴィステージは、それを兵士の前に差し出した。


「兵士さん」
「はい!」
「これは傷薬の何倍も治癒効果のあるポーションです。皆で手分けして怪我人に使って下さい。早い方がいいです」
「あ……ありがとうございます!」

頭を垂れる兵士に怪我人を任せ、サキョウとヴィステージが城門を走り抜けると更に怪我人の数が多くなっていく。
周囲を見回すとあちこちで兵士とアンデッドの戦いが繰り広げられているようだ。
どうやら以前城を襲ったアンデッド兵士よりも戦闘力が高いのか、屍兵一体に対して兵士五人が立ち向かっている。

腐臭を撒き散らしながらサキョウ達へ向かってくるアンデッド兵士。
禁忌を犯して甦った死者にモンク僧が負けてなるものか、と。拳を強く握りしめて屍兵の顔面に向けて打ち込んだ。
頭蓋骨ごと木っ端微塵に砕け散る。頭部を跡形もなく砕かれ、呻き声すら上げることもなく朽ちた屍に戻っていく。


「大丈夫か、ヴィステージ」
「あ、あたし……正直に言うとアンデッドが苦手なんですよ! 本当は立っているだけでも足が震えていますから」
「いや、ワシとて別に得意というわけではないのだが……それではお前には怪我人達をよろしく頼んだぞ」
「分かりました!」

それにしても一体ジハードはどこにいるのだろう。
道化師を相手にしていると先程の兵士が言っていたが、道化師とは一体何者なのだろうか。ゾルディスの手の者か。
鞄を開いて治療に取り掛かるヴィステージに視線を向けてから、サキョウは激戦の続く城門前庭園へと駆け出した。







タムラマの扱う巨大ブーメランは最初の頃こそ脅威であったが、動きの法則さえ見極めれば然程問題ではなかった。
メドフォード兵士達を狙ったブーメランは先回りしていたジハードに全て弾き返され、徐々に追い詰められていく。

……正直なところ、タムラマはジハードの戦闘力を甘く見ていたのだ。見た目も屈強ではなくただの優男に見える。
所詮は後方支援の魔術師だ。近接戦に持ち込めば魔術師の力など恐るるに足りず、タムラマが圧勝するはずだった。
それなのに、タムラマの動きを読むばかりかブーメランの軌道すらも読み当てられた。この白髪の男は何者なのだ。

明らかな殺気を纏いつつも、常に笑顔を浮かべている様子が空恐ろしいとまで思った。まさに異国の死神であった。


「あんたしゃんのような恐ろしい男が、今までヴェリオルしゃまからノーマークでいたことが信じられましぇん」
「うん? ……ヴェリオルはティエル以外の誰に対してもノーマークだろ。全てがどうでもいい存在だと思うよ」
「心外でしゅね! マロのことだけは気に掛けてくれているんでしゅ。だからマロも精一杯尽くしているんでしゅ」
「それは殊勝なことで」

余裕の笑みを浮かべているジハードだが、そろそろタムラマを相手に戦い続けるのも限界であった。
病み上がりどころか安静にしていなければならない身だ。治りきっていない右足首が嫌な痛みを発し続けている。
確かにタムラマの動きやブーメランの軌道は予測を立てられるようにはなっていたが、体力が追い付いていない。

だがそれを、タムラマに気付かれてはならなかった。ジハードが優位なのだと思い込ませておかなくてはならない。
勝ち目のない戦いなのだと思ってくれれば好都合である。さっさとゾルディス王国に帰還してくれればそれでいい。
周囲のメドフォード兵士達はタムラマのブーメランに翻弄され、既に満身創痍であった。戦力の期待はできない。


「ジハードしゃんの死体をゾルディス王国に持ち帰ったら、きっとヴェリオルしゃまはマロを褒めてくれましゅ!」
「あはは。ゾルディス王国に死体なんか持ち帰られたら、何をされるか分かったものじゃないなぁ」
「そうでしゅねぇ。……ちょっとだけ悪戯させてもらってから、マロの死体コレクションに並べてあげましゅよ」

「えー、やだな。ちょっとだけ悪戯って、一体何をするんだろうね?」
「なんてことを聞くんでしゅか。そんなエッチで恥ずかしいこと、こんな場所で言えましぇん」

「変態道化師にあちこちエッチな悪戯されるんなら、負けるわけにはいかないな。何で敵には変態が多いんだろう」
「失礼でしゅねぇ。マロは変態じゃありましぇんよ!」
「紛うことなき変態だろー」


ジハードの残り体力から換算すると、次で一気に勝負をつけなくてはならない。
それはタムラマの方も同じだった。手にしていた刃のブーメランを大きく振り被り、ジハードに向けて投げ付ける。

まずは正面。折れた足とは反対側の足で地面を蹴って第一撃をかわす。勿論これだけでは済まないのが厄介だった。
かわした先に待ち構えるように軌道を変えたブーメランがジハードを襲うが、既にその動きは予測している。
片手を地面に突いて回転しつつブーメランから距離を取った。最早これだけでも十分人間離れをした動きであった。

メドフォード兵士達の連携によりアンデッド兵は粗方片付いており、この場に残る敵はタムラマただ一人だけだ。
固唾を飲んで戦いを見守っていたアルビン兵士副隊長やジョンやリック達は加勢できない歯痒さに唇を噛みしめる。
この戦闘に割って入るのはジハードの足を引っ張ることになってしまうだけなのだと、兵士達は理解していたのだ。


ブーメランから十分に距離を取ると、次の瞬間ジハードの反撃が始まった。確実に相手の急所を狙った拳の一撃。
余裕の笑みを浮かべながら避けたタムラマだったが、明らかにジハードの速度が落ちていることに気が付いたのだ。
休む間もなく繰り出される次の一撃も楽々と避けることができた。もしや、そろそろ体力が尽きてきたのだろうか。

……それならばこちらに勝機がある、と。タムラマはにやりと笑みを浮かべた。


「ひょひょひょ。ジハードしゃん、マロは気が付いてしまったでしゅよ」
「なんだい、その笑顔は? 気持ち悪いなー」
「気持ち悪いだなんて酷いでしゅねぇ。まぁいいでしゅ。あんたしゃん、実はもう体力が残ってないでしゅね!?」

「!!」
「やっぱり図星だったでしゅか! 今のジハードしゃんの攻撃なんて、遅すぎて恐れるものじゃないでしゅねぇ」
「くそっ、気付かれたか。それならば仕方がない、ぼくの捨て身の攻撃を受けてみろ!」
「遅いでしゅ! こんな蹴りなんて簡単に避けられましゅよおぉ!!」

「……そうだね」


完全に勝利を確信したタムラマは、珍しく狼狽した表情を浮かべながら向かってきたジハードの蹴りを軽く避ける。
ジハードの台詞が若干棒読みだったような気がしたが気のせいだろう。その瞬間、スカイブルーの瞳と目が合った。
狼狽した表情がすっと消え失せ、ジハードは天使のような微笑みを浮かべていた。

先程までは彼を異国の死神と形容したが、もしかしたらこの青年は天使なのかもしれないとほんの一瞬だけ思った。
それほど美しく完璧な笑顔だった。……ただし、瞳は全く笑っていなかったが。
次の瞬間。タムラマは背中に強い衝撃を感じて前のめりに倒れてしまった。衝撃どころの話ではない。激痛である。

背中に鋭利な刃物が刺さっているようだ。
信じられぬように背後を振り返ったタムラマの目に映ったものは、己のブーメランだった。一体何故こんなことに。


「どうしてマロのブーメランが……? マロに当たるように投げていなかったはずなんでしゅよぉお……」
「当たらないように投げていたのなら、当たるようにあなたをブーメランの軌道に誘き出せばいいだけなんだよな」
「どうやってマロを誘き出したんでしゅか」

「んー、どうやったんだろうね?」
「まさか……攻撃の速度が落ちたのは、わざとマロに攻撃を避けさせて軌道に誘き出すためだったんでしゅか……」
「そういうことにしておこうかな。さあ、まだ続けるのかい? ……それともゾルディスに帰ってくれるのかな?」

「本当に恐ろしい男でしゅねぇ。次会った時こそ、ジハードしゃんの死体を持ち帰って悪戯してやりましゅよぉ!」
「モテる男はつらいなぁ。残念だけど、あなたと二度と会う気はないよ」
「……アンデッド兵士も倒されてしまったみたいでしゅね。マロの役目は終わりでしゅ。そろそろお暇しましゅか」


背中に突き刺さったブーメランを抜いたタムラマは、懐から小さな水晶玉を取り出すとふらふらと後ろに下がった。
水晶玉は二つ。片方は恐らく転移の魔法が封じ込められているのだろう。
もう片方を空に放り投げると夜空に小さな花火が上がる。次の瞬間にはタムラマの姿は煙のように消え失せていた。


「あの変態道化師、連れてきたアンデッド兵の死体くらい片付けていけよ……」

「やりましたな、ジハード殿!」
「ジハードさぁん!」

城門内の庭園は倒れたアンデッド兵士で死屍累々だった。中にはメドフォード兵士達も混ざっているかもしれない。
タムラマの消えた場所に向かって一人ごちたジハードに固唾を飲んで見守っていた兵士達が一斉に駆け寄ってくる。
歓喜のあまりアルビン兵士副隊長がジハードの肩を軽く叩いた瞬間。……彼はそのまま地面に突っ伏してしまった。


「……えっ? えっ!? ジハード殿、どうされたのじゃ!?」

「うわああぁ、アルビン兵士副隊長がジハードさんを昏倒させた!?」
「なんてむごいことを!」
「いや、その、違うのじゃ! ワシは肩を叩いただけなのに……そ、それよりも早く救護班を呼べー!!」

タムラマを倒したことによって体力の限界を超えてしまい、ジハードの緊張の糸が完全に切れてしまったのだ。
……勿論、アルビン兵士副隊長の一撃(肩叩き)が最後の止めになったのは言うまでもない。





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