Lord of lords RAYJEND 第二幕「漆黒のクインテット」 第9章 おかえり
第85話 ブラックマーケット -1-
『メドフォードに帰るためには、商業都市エルラカーヒラの通行証を手に入れるのです。全てはそれからですよ』
『商業都市エルラカーヒラの通行証?』
『この琥珀の都市アンブラから南下した場所に位置する独立商業都市ですよ。通行証がなければ入国ができません』
『ふーん。そんなに大きな独立商業都市なら、色々な人が集まるんだろうね』
『オレが申し上げることができるのはここまでです。姫様ならばきっと大丈夫ですよ、オレはそう信じております』
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メドフォード王国から気の遠くなるほど遥か南の地で、ティエルと謎の青年テユーラは帰る方法を探し続けていた。
仲間から引き離されたティエルが挫けずに見知らぬ地で旅を続けていられるのも、このテユーラの影響が大きい。
長身痩躯。意外にも美しい顔立ち。誰もが振り返る奇抜な衣装。ベビーピンクの長い髪を三つ編みに結った青年だ。
飄々とした性格で常に心からの微笑みを浮かべており、派手好きで楽しく生きることを何よりも美徳としている。
その反面子供を見捨てられないという面倒見のいい一面もあり、ティエルにとって彼は頼もしい旅の仲間であった。
しかし……テユーラは自分のことを殆ど話さない。
家族や故郷について何回か質問をしたこともあったが、彼はにこにこと笑顔を浮かべながらはぐらかしてしまう。
行動を共にするようになってから既に一ヶ月近く経ったが、未だにテユーラのことを殆ど知らないのが現状である。
面倒見のいい謎のおにいさん、という認識のままなのだ。話したくないことを無理に聞き出そうとは思わない。
彼が側にいるお陰で旅を続けられているのもまた事実である。少女の一人旅は、思った以上に危険な行動だった。
そんな二人は現在、琥珀の都市アンブラから更に南に位置する非合法の町・ブラックマーケットへと辿り着いた。
まずはガリオンから与えられた助言『商業都市エルラカーヒラの通行証』を手に入れなければ何も始まらなかった。
様々な商品が集まるこのブラックマーケットならば手に入らないものはないという噂だが……とにかく雑多な町だ。
琥珀の都市アンブラと比べて薄汚れた格好の者達が、立ち並ぶ賑やかな露店を行き来している。
まるでガラクタのような町並みであった。治安も悪いようで、ぼろ布で作られた露店が所狭しと立ち並ぶ町だった。
「ねえ、テユーラおにいさん」
「なんでしょう?」
「商業都市エルラカーヒラに行かないと帰れないっていうのは分かったけど、その都市に一体何があるんだろうね」
狭い路地裏で行き交う人々の姿をぼんやりと眺めつつ、ティエルはガラクタの上に腰を下ろすテユーラを振り返る。
テユーラの調べによると、このブラックマーケットはガラクタからお宝までありとあらゆる商品が集まるという。
その多くは使い物にならない偽物が多い話だが、物が集まれば人も集まる。そんな期待を込めて二人はやってきた。
「うーん……恐らくですが、ワープゲートが存在しているのではないかと僕は思っているんですヨ」
「ワープゲートかぁ」
「はい。この大陸から徒歩でメドフォード王国に帰ろうとすると、多分二十年以上の歳月が必要となるでしょうネ」
「それじゃあ困るよ。わたしは今すぐにでも帰りたいのにな」
「フフフ。失敗作のワープゲートで、世界の果てやら死後の世界に飛ばされなかっただけまだ幸運と思いましょう」
「……そもそも最初に飛ばされた外壁楽園が生と死の狭間の場所だって、ロイアが言ってなかったっけ?」
「そんなことも言われましたネー。でも無事に現世に戻ってくることができましたし、細かいことはいいんですヨ」
「わたしも割と楽観主義だけど、おにいさんはもっとそんな感じがする!」
「照れますネー。褒めても何も出ませんヨ?」
「褒めてないよぉ」
主に織物や宝石、香辛料の取引が盛んであるエルラカーヒラには、様々な行き先のワープゲートが存在するだろう。
それならばメドフォード王国に近い位置に設定されているワープゲートが存在するかもしれない。単なる憶測だが。
しかし通行証がなければ町に立ち入ることさえ許されないのだという。
エルラカーヒラを築き上げた商王ウシャムは商人時代から様々な者に騙されており、厳しい通行制度を作り上げた。
それが商人ギルドに加盟している信頼できる者だけに渡される『エルラカーヒラの通行証』である。
商人ギルドに加盟している商人を探し出して同行し、エルラカーヒラに入国することがティエル達の目標であった。
ブラックマーケットで小さな露店を広げている商人が通行証を所持しているとは思えない。
狙うならば立派な店を構えている商人。更に付け加えるならば、宝石や香辛料を扱っている商人ならば確率が高い。
……だがそんな豪商が、ただの旅人であるティエル達に力を貸すのだろうか。莫大な金を要求されるかもしれない。
だからといって、酸いも甘いも嚙み分けた商人を相手に口で丸め込むような話術を持っているわけでもなかった。
ジハードやアリエスのような存在がいれば、話術で交渉も可能だったのかもしれない。
そんなティエルの落ち込んだ様子を眺めていたテユーラは、どこか誇らしげに胸を張りながら笑みを浮かべていた。
「大丈夫ですヨ、いざとなれば僕が商人を説得してみせますからネ。僕の華麗なる話術に酔いしれるがいいですヨ」
「ほんとに? さすがおにいさん!」
「フフフ……もっともっと褒めてくれてもいいんですヨォォ? そうと決まれば早速商人を探しに行きましょう!」
「まずは大きいお店から行こうか。よーし、前途多難だけど頑張るぞー!」
「……本当に前途多難だぜ。畜生、こんなことになるんだったら一人ですっ飛び出なければ良かったかもしれねぇ」
「!」
気付かぬうちにティエルの隣に男が座っていた。
積み上げられたガラクタの上で呟いていたのは黄色の髪を短く刈り上げた男。無精ヒゲが目立つ粗野な風貌である。
どこかで見たことがあるような顔だ。一体どこで見掛けたのか、ティエルは必死に記憶を思い起こそうとするが。
「あぁ? なんだよ、クソガキと兄ちゃんよ。じろじろとオレのことを見てんじゃねーぞ。ぶっ飛ばされてぇか?」
「……ティエルちゃん。相手にしないで早く行きましょう、ならず者ですヨ。お金を巻き上げられてしまいます」
「待ってテユーラおにいさん。このおじさん、どこかで会ったような気がするんだ」
「おじさんだとぉ!? 泣かすぞクソガキが!」
ティエルの視線に気付いた男は顔をこちらに向けて凄んで見せるが、やがて彼女と同じように首を傾げて見せる。
薄汚れた緑のバンダナ。鋭い眼光。がっしりとした体格のハンター風の男だった。年齢は恐らく五十代前半か。
厄介な男に絡まれてしまったと、テユーラはティエルの腕を引きつつゆっくりと後ずさっていく。逃げるが勝ちだ。
「おい、ちょっと待てよ。クソガキの方はどっかで会ったことがねぇか? くそ、こう薄暗くちゃ分からねぇな」
「さっさと立ち去りましょう。この凶悪な面構え……捕まったら最後、奴隷商人に売り飛ばされてしまいますヨ!」
「凶悪な面構えだとぉ!? 三つ編みの兄ちゃんよ、てめぇ本当に一発殴られたいようだなぁ?」
「テユーラおにいさんを殴ったら怒るからね!? わたし達は、エルラカーヒラに行くために忙しいんだから!」
「エルラカーヒラだって?」
怪訝な顔付きで聞き返す男。
「……クソガキ、てめぇ今エルラカーヒラに行くとかなんとか言ってやがったよな?」
「や、やっぱりなんでもない」
「やっぱりなんでもねぇってのはどういうことだよ。今確かにエルラカーヒラに行くために忙しいって言っただろ」
「言ってないもん」
「奇遇じゃねぇか。実はよう、オレもその商業都市エルラカーヒラに行く方法ってやつを探している最中なんだ」
「いくらなんでもそんな偶然があるわけないです。……さぁティエルちゃん、さっさと逃げますヨ!」
「うん!」
「待てよコラ、てめぇら逃げるなって言ってんだろ!」
一目散に逃げ出したティエルとテユーラの姿を暫くの間呆気に取られた表情で眺めていた男は、慌てて走り始める。
人通りの少ない路地裏を駆け抜け、すれ違う人々が驚いた顔で振り返っていく。
何度も角を曲がり男を引き離そうとしても執念深く追ってきているようだ。本当に奴隷商人に売り飛ばす気なのか。
「なんて治安の悪い町なんでしょうネー。ブラックマーケットはごろつきが集まる町という噂は本当のようです」
「おじさん、わたし達エルラカーヒラのことなんて何も知らないから。お金もないし、他をあたってちょうだい!」
「て……てめぇら、人聞きの悪いことを大声で叫ぶんじゃねぇ!」
「どうして追いかけてくるの!?」
「てめぇらが逃げるから追いかけているんじゃねぇか! これじゃオレがまるで変質者のように見えちまうぜ……」
「フフフ……紛れもなく変質者ですヨ。しかも幼い女の子を追いかける、かなりやばい部類の変質者ですヨォォ」
「うるせぇ三つ編み! てめぇ少し黙ってろ!?」
このまま逃げ続けていても仕方がない。いくら変質者だとしても、こちらは二名いる。二対一ならば何とかなる。
ガラクタが至る所に積み上げられている寂れた公園で、漸くティエル達は立ち止まった。
二対一だとしても油断は禁物だ。喧嘩になれば細身のテユーラに勝ち目はない。いつでも逃げる準備はできている。
「えっ、ティエルちゃん。どうして立ち止まっちゃうんですかァー」
「このおじさん、わたし達に何か用があるみたいだよ?」
「やっと止まりやがったな、てめぇら……」
ピンクや黄色に輝く魔法灯に彩られた看板があちこちに見受けられる。
どれもが皆薄汚れていて、本当に客引きのために置かれているのかと思わず疑いたくなってくるような看板だった。
先程までの薄暗い路地裏と比べると随分と明るい公園だ。見つめ合ったティエルと男は、同時に大きな声を上げる。
「おじさんはもしかして……イーストビレッジで会った、ハンターのファング……?」
「てめぇこそ、あの時の命知らずのクソガキ!? 確か美人で巨乳の姉ちゃんと一緒にいたよな?」
「……アレッ、二人とも知り合いだったんですかァ?」
メドフォード城がゲードルの謀反によって襲われて間もない頃。
リアンと二人だけで旅をしていた最中に立ち寄ったイーストビレッジで、連続殺人犯に襲われるという宿があった。
百五万リンの賞金首である。その賞金首を狙って宿に泊まっていたのが……このファングというハンターなのだ。
一見すると単なるガラの悪いならず者にしか見えないが、死んだ仲間をきちんと弔う仲間思いの男だった。
「相変わらずチビガキだなぁ。こんな町で出会うなんて奇遇じゃねぇか! あの巨乳の姉ちゃんはどうしたんだ?」
「リアンは……ちょっと色々とあって、今は一緒に行動していないんだ」
「残念だな。あの姉ちゃん、好みのタイプだったのによぉ……今度の連れは三つ編みの兄ちゃんか。つまんねぇな」
「つまらないとは失礼なおじさんですネ。僕だって無精ヒゲのおじさんより、巨乳の美女と出会いたかったですヨ」
「この兄ちゃんにおじさん呼ばわりされるのは微妙にイラっと来るな……ってか、どうしてこんな場所にいるんだ」
「失敗作のワープゲートで飛ばされちゃったんだ。わたしは一刻も早く帰りたいのに」
「不慮の事故ってやつか。そうでもなけりゃ、あの大陸からアホみたいに離れたこの町にいるわけねぇもんなぁ」
ぽりぽりと頭を掻きながらファングが口を開く。
「オレもいくつかのワープゲートを経由して、漸くここまで辿り着いたんだけどよぉ。本当にこの大陸は不便だぜ」
「不便って?」
「ワープゲート自体が非常に少ねぇんだ。高度な魔法文明があまり発達してねぇのかもな。
それこそ長距離を移動することができるワープゲートが存在するのは、エルラカーヒラしか聞いたことがねぇよ」
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