Lord of lords RAYJEND 第二幕「漆黒のクインテット」 第9章 おかえり
第86話 ブラックマーケット -2-
「わたしとテユーラおにいさんは、元の大陸に帰ることが目的なんだ。だからエルラカーヒラの通行証を探してる」
「フフフ……僕の場合は元の大陸に一刻も早く戻りたいわけではないんですけどネー。気ままな旅も楽しいですし」
「嘘だぁ。おにいさん、割と帰りたそうに見えるんだけどな」
「気のせいですヨォ」
「元の大陸に帰る、か。確かにオレが言ったように、長距離用ワープゲートはエルラカーヒラにしかねぇもんなぁ」
「ファングはどうして通行証を探してるの? ワープゲートで元の大陸に帰りたいわけじゃ……ないだろうし」
先程ファングは『いくつかのワープゲートを経由してここに辿り着いた』と言っており、何か目的があるのだろう。
ハンターから足を洗い、商業都市エルラカーヒラで商売でも営む気なのか。だが彼の格好は未だハンターのままだ。
使い込まれた戦斧。動きやすさを重視した緑のシャツと、機能的なズボンと頑丈なブーツ。到底商人には見えない。
「あ、分かった! もしかしてエルラカーヒラにすごい賞金首がいるとか。まさか商人になる気なんてないよね?」
「オレが商人だって? 馬鹿言うなよ、このオレがハンター以外の仕事に就くわけねぇだろ。誇り持ってんだぜ」
「むしろこのおじさん、ハンター以外の職に就けるんですかねェ? 頭脳労働や接客業なんて以ての外でしょうし」
「てめぇ、それ以上喋るとその三つ編み根元から引っこ抜くぞ!?」
「二人とも喧嘩しちゃだめだよ!」
「大丈夫です、ティエルちゃん。喧嘩じゃありませんヨ。フフフ、こうして僕らは友情を深めているんですからね」
「全くもって何も深まってはいねぇけどな」
壊れかけた看板の上に浅く腰掛けるファング。テユーラの独特の雰囲気に若干疲れてしまっているようにも見える。
驚異的なスルー能力を持つティエルだからこそ、テユーラと上手く付き合っていくことができたのかもしれないが。
魔力の供給が殆ど切れているのか、看板を縁取っているオレンジ色の光はちかちかと今にも消えそうであった。
「オレの目的は、高額な賞金首でも商人志望でもねぇ。エルラカーヒラにいる古い知り合いを助けてやりてぇんだ」
「古い知り合い?」
「それなら話が早いですヨ。その知り合いに頼んでエルラカーヒラに入れてもらえばいいんです」
「ファング、ついでにわたし達も町に入れてもらえないかな!?」
「あのなあ……そんな簡単に町に入ることができたら、そもそも通行証制度なんて意味なんかねぇんだっつーの」
名案を思い付いたとばかりに得意気に胸を反らしたティエルの頭の天辺を、ファングは拳をぐりぐりと押し付ける。
正直痛い。やはり乱暴な性格はあの頃のままであった。
「エルラカーヒラに侵入するための方法が全くないわけじゃねぇんだよ。通行証さえありゃあ誰も入れるんだしな」
「そうだよ。だからわたし達は、エルラカーヒラと取引をしていそうな商人にお願いしようと思ってたの」
「ティエルちゃんの笑顔と僕の巧みな話術で商人に取り入って、キャラバンに紛れ込ませてもらう予定なんですヨ」
「……馬鹿だろ、てめぇら。それか呆れるくらいの能天気野郎どもだな。無理に決まってるだろうが」
「ぶー残念でしたー。わたしは野郎じゃなくて女の子でーす」
「馬鹿って言う方が馬鹿なんですヨー」
「二人揃って口を尖らせるんじゃねぇ。ガキの方はともかく、三つ編みの方まで拗ねた態度取るなよ気色悪いな!」
「フフフ……酷いですね。気色悪いだなんて言われたのは初めてですヨォォ」
「ひどいよファング。テユーラおにいさんは、こんな変わった派手な格好してなかったら凄くかっこいいんだよ!」
「誰も顔のことは言ってねぇだろうが!? ああもう、この能天気な二人組を相手にしてると本気で疲れるな……」
「それで、どうして商人にお願いして町に入れてもらうのは無理なの?」
「大体なぁ……疑い深いブラックマーケットの商人が、身元も分からねぇ怪しい二人組を商隊に入れると思うか?」
「……」
確かにファングの言うとおりであった。
エルラカーヒラは商人達にとって大切な取引先であり、もしも通行証を取り上げられれば大損害になってしまう。
そのため商隊のメンバーも選び抜かれた信頼できる者達で編成しているだろう。ティエル達の入り込む隙はない。
現実の厳しさを思い知り、急に黙り込んでしまったティエルとテユーラを溜息をつきながら眺めていたファング。
寂れた公園に人の姿は全く見受けられない。あれほど騒がしい商店街からは、それほど離れていないはずだったが。
周囲に人がいないことを確認したファングは、少々声のボリュームを落として口を開いた。
「実はな……このブラックマーケットを取り仕切っているビザンって商人が、通行証を持っていやがるんだよ」
「ビザン?」
「ああ。こいつがまた用心深い野郎でよぉ、常に通行証を首からぶら下げているって話だ」
「……そんなに用心深い商人なら、わたし達が頼んだとしても尚更キャラバンに入れてくれるわけがないよ」
「キャラバンに入れてもらえだなんて誰も言ってねぇっての」
「え?」
「通行証が手に入らねぇのなら、いっそのことビザンから盗んじまえばいいんだよ」
「確かにそれも方法の一つだと考えてはいましたが……そんな大物から簡単に盗むことができるんですかねェ?」
「ビザンの屋敷は蟻の子一匹入れねぇほど警戒が厳重だ。しかも出歩く時は必ずボディガードがついていやがる」
「そのボディガードを全てやっつけて手に入れるしかないのかな?」
「そういう危険な橋は渡らねぇよ。……ただ、ビザンの屋敷では現在住み込みのメイドの募集をしてるんだ」
「ふーん。確かに住み込みのメイドだったら怪しまれずにビザンの屋敷を歩き回れそうだけど……もしかして……」
「メイド志願者に成りすまして、屋敷に潜入する方法ですかァ。でも潜入するのは難しいと思いますヨ?」
珍しく真面目な顔付きで腕を組んで思案するテユーラ。
先程ティエルが言っていたように真剣な顔をして真面目な格好をすれば、テユーラはかなり美しい容姿をしている。
ただ……あまりにも彼の格好が奇抜過ぎて意識が全て服装に集中してしまうために、なかなか気付かれにくいのだ。
「なんで潜入するのが難しいんだよ?」
「……だって君みたいなゴツイおじさんが女装してメイド志願者っていうのも、少々無理があると思うんですよネ」
「それを本気で言っているんなら本当に一発殴るぞ、この三つ編み野郎。オレが潜入するんじゃねぇよ」
「えっ、まさか僕が女装するんですかァ!?」
「どうしてそんな話になるんだよ。他に適任がいるじゃねぇか、ほらずーっと手を挙げてるのが見えねぇのか!?」
恐る恐るテユーラが背後を振り返ると、ハムスターのように両頬を膨らませながらティエルが右手を挙げていた。
彼の中では完全にティエルは『幼い子供』として認識しているため、メイド志願者の候補に考えていなかったのだ。
いつまで経っても一人前の存在だとなかなか認めてもらえないことに対して、ティエルは若干拗ねているようだ。
「テユーラおにいさん。わたしのこと、完全に子供扱いしてるよね?」
「だってどこからどう見ても子供ですヨー。潜入捜査なんて危険すぎます。もしも何かあったらどうするんですか」
「何かあっても自分でどうにかしてみせるよ。だってメイド志願者は、この中だとわたししかできないじゃない」
「うーん……僕がメイドに成り済ますとか……」
「テユーラおにいさんは女の人に見えなくもないけど、やっぱり女の人にしては背が高すぎると思う」
「相手はこのブラックマーケットのボスなんですヨ? もしも目的が知られたら、どんな恐ろしい目に遭うか……」
「目的を知られなければいいじゃない! わたしだって怪しまれないように行動するから」
ティエルも譲らないが、テユーラもなかなか譲ろうとはしなかった。それも当然だろう。
相手はこのならず者の集うブラックマーケットを取り仕切るボスなのだ。潜入捜査が危険を伴うことは明確である。
通行証を盗み出すためには屋敷内の情報が必要だ。メイドとして忍び込む以外に方法があるかといえば……難しい。
「お取込み中悪ぃけど、オレはクソガキに盗みまでやらせるつもりはねぇよ。あくまでも欲しいのは屋敷の情報だ」
「屋敷内の情報?」
「見張りの配置や交代の時間が知りたい。忍び込んで実際に通行証を盗むのはオレと三つ編みの兄ちゃんの役目だ」
「えっ? 僕も行くんですかァ!?」
「てめぇも何かの役に立てよ! オレがビザンの野郎をぶっ飛ばして通行証を盗み出すまで囮役として襲われてろ」
「フフフ……もしも殺されたら化けて出て、君に一生付き纏ってやりますからネェェ……」
「巨乳の姉ちゃんの亡霊ならともかく、三つ編みをした男の亡霊に付き纏われるのはノーセンキューだわ」
漸く話がまとまりそうであるが、そもそも通行証を盗み出す行為は犯罪だ。
だがこの話に乗らない訳にはいかない。どんなことをしても必ずメドフォードに帰るとティエルは心に決めたのだ。
そんなティエルの複雑な表情に気付いたのか、ファングは彼女の頭をぐりぐりと乱暴に撫でる。再び乱れる髪。
ファングも彼女の頭を撫で付けたまま見つめてきた。大きく温かい手の平だ。乱暴だが、父親のような手であった。
初めて出会った時もファングの手の平の温もりを感じた。見た目に反して、とても優しく温かな手だと感じたのだ。
「ま、暫くの間よろしくな。クソガキと三つ編みの兄ちゃんよ」
「その呼び方いい加減にやめてよ。わたしはクソガキじゃないもん。ティエルっていう名前があるんだからね?」
「僕の名前はテユーラです。僕だっていつまでも三つ編みの兄ちゃん呼ばわりは嫌ですヨ」
「ティエルとテユーラな。……とりあえず立ち話もなんだ。いい店知ってるからよ、話の続きはそこでしようぜ」
「えっ、いい店って? ファングの知ってるようないい店って、下着姿の女の人がたくさんいるような店なんじゃ」
「まさかエッチなお店じゃないでしょうねェ。僕だけならまだしも、ティエルちゃんもいるんですヨ?」
「何を想像してんだ、いかがわしい店じゃねぇよ。てめぇらの中でオレのイメージは一体どうなってんだ!?」
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ファングに連れられて、ティエル達は細い路地裏で看板を出している薄汚れた雰囲気の店の前まで辿り着いた。
路地裏といっても人通りはそれなりに多い。同じく薄汚れた格好をした男達が、道端に座り込んで酒を飲んでいる。
時折喧嘩の怒号や瓶が割れる音が響く。ここまで治安が悪くなってしまったのはビザンの所為でもあるのだという。
ブラックマーケットを仕切るボスである彼が徴収する税は非常に高く、町に暮らす人々は生活が苦しくなる一方だ。
酒に逃げる者達も多く安酒ばかりが売れ、アルコール中毒者も多いのだとファングが言った。
「ちょっとばかり見た目は悪いが、お気に入りの飯屋なんだ。味の方は保証するぜ。……ん? どうしたんだよ」
「いや、普通のご飯屋さんだなって思ったんだ。ファングの好きそうな薄着で巨乳のおねえさんもいなさそうだし」
「確かに薄着で巨乳の姉ちゃんは大好物だけどよ、ガキ連れて行くところじゃねぇだろ。ほら、さっさと入るぞ」
「フフフ……楽しみですねェ」
店内は更に照明も暗く、どこか怪しげな雰囲気が漂っていた。
しかし客は結構入っているようである。所狭しと並べられたテーブルのあちこちからは陽気な笑い声が響いている。
給仕の男に何かを告げたファングは、慣れたようにずかずかと奥のテーブル席まで歩み寄ると乱暴に腰を下ろした。
「美味い飯でも食って、のんびりと世間話をしながら計画を立てようじゃねぇか。腹が減っちゃ戦はできねぇぞ?」
「わたしはあまりのんびりとしている時間はないんだ。……できれば今すぐにでも帰りたいくらいなのに」
「気ばかり焦ってたら失敗しちまうぜ。ティエル、お前は失敗作のワープゲートで飛ばされたって言っていたよな」
「言ったけどさ」
給仕が運んできた水がテーブルに並べられる。早速ぐいと飲み干したファングを眺め、ティエルも水に口を付ける。
薄いレモン水であった。さっぱりとした酸味が口の中に広がり、乾いた喉を潤してくれる。
「……ある男の子を探している旅の途中だったの。どうしても彼に会いたくて、無理を言って旅に出た矢先だった」
「その男ってのはお前のアレだろ? へへへ、マセガキがいっちょ前に。なぁ、その男とどこまでヤったんだよ?」
「うわー、言い方が下品ですねェ。酔っ払ったおっさんみたいな絡み方をしないでくださいヨ」
「うるせぇな! テユーラ、てめぇだって興味津々の顔してやがるじゃねぇか」
「否定はしませんヨ」
下卑た笑みを浮かべながら顔を近付けてくるファングに、彼を窘めつつ興味がありありと表情に出ているテユーラ。
だが肝心のティエルはあまり意味が分かっていないようだ。首を傾げながら口を開いた。
「わたしのアレって、どういう意味?」
「アレっていったらアレに決まってるだろ。好きな男なのかって聞いているんだよ。そいつ、いい男なのか?」
「勿論大好きだよ! クウォーツはね、頭が良くて強い上に、見たらびっくりしちゃうほど綺麗な男の子なんだ」
「ほほう……」
「あ、でもジハード達も大好きだよ。テユーラおにいさんも好きだし、ファングは……まだよく分からないかなぁ」
「フフフ、そう言ってもらえると嬉しいです。僕もティエルちゃんが好きですヨー」
「いや……そういう意味の好きな男かって聞いたわけじゃねぇんだけどな。ってか、オレだけ微妙なのは何でだよ」
元気よく即答するティエルの様子に、ファングは彼女が質問の意図を完全に勘違いしていることに気付いたのだ。
ラブではなくライクである。そして自分だけが微妙な表現をされてしまったことがファングは若干不満らしい。
一ヶ月ほど行動を共にしているテユーラはともかく、彼とはまだ出会ったばかりのために仕方がないことだったが。
そんな呆れた表情のファングの元へ、料理を手にした給仕が歩み寄ってきた。
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