Lord of lords RAYJEND 第二幕「漆黒のクインテット」 第9章 おかえり

第89話 ビザン邸・潜入大作戦 -2-




「……で、どうよ。メイド生活は。なかなか似合っているじゃねぇか、その恰好。色気が壊滅的に足りねーけどな」
「色気が壊滅的に足りないは余計な言葉です。そんなに酷いこと言うんなら、もう何も教えてあげませんよーだ」
「悪く思うなよ、オレは嘘がつけねぇ性格なんだ。娼婦の姉ちゃん達の巨乳や爆乳に見慣れてっから仕方ねぇだろ」

「ティエルちゃんもあと十年……二十年くらい経てば、色気が出てきますヨ。人間の成長はとても速いですからね」
「フォローしているつもりかもしれないけど、二十年は長過ぎない? 当分色気が出ないってことなんだよ?」
「大丈夫です。エルフ族である僕にとっては二十年なんてほんの一瞬ですヨ」

「テユーラおにいさんにとって二十年はそうかもしれないけどさ、わたしにとっては全然一瞬じゃないからね!?」


ビザンの屋敷から少し離れた薄暗い公園にて。
大型動物を模して造られたような様々な遊具が見受けられるが、残念ながら遊んでいる子供達の姿は一人もいない。
長年雨風に曝され続けたために変色してしまったアスレチック遊具の中で、周囲の目から隠れるような人影が三つ。

メイド服を身に纏った長い茶の髪の少女。奇抜な服装をした三つ編みの青年。そして粗暴なハンター風の男だった。
その三人とは無論ティエル、テユーラ、ファングの三人であり、定例となった作戦会議の真っ最中なのだ。
男二人から心ない言葉を投げ掛けられたティエルはご立腹だ。頬をぱんぱんに膨らませている姿が実に微笑ましい。

彼女は先月十七歳を迎えていたが、どう見てもローティーンの子供にしか見えないために仕方がないことであった。
ティエルがいくら年齢を言ってもテユーラは、『子供特有の背伸びしたい時期』なのだと全く信じてくれていない。


「色気はともかくとして、きっとティエルちゃんは将来美人になると思いますヨ」

「確かに素材は悪くねぇんだよな。まぁ、いつか男どもがチンポをビンビンにおっ勃てるようないい女になるぜ」
「相変わらず君は下品な言い方ばかりをしますねェ」
「うるせーな、テユーラ。チンポはチンポだろ。じゃあ下品じゃない言い方って何だ? へへ、おチンポ様ってか」

「……君は存在自体が猥褻物です」
「なんだとぉ!?」

ファングの会話の中には、時折ティエルの耳慣れないような単語が飛び出してくる。酒場で耳にするような単語だ。
ハンター達の中では当然のように飛び交っている表現なのだろうが、なかなか彼女は慣れることができなかった。
卑猥な単語が飛び出してくる度に眉を顰めつつテユーラが窘めているが、勿論ファングは気にする態度を見せない。

それでもティエルはファングに好感を覚えている。撫でてくれる彼のごつごつとした大きな手はとても優しかった。


ビザンの屋敷にて、住み込みで働くようになってから既に六日が経った。
花瓶を割ったり皿を割ったりと慣れない仕事に苦戦する毎日だが、ここ数日は割ることもなく漸く慣れてきた所だ。
メイド長のお説教も一日五回以上は食らっていたが、昨日は一回だけだった。そして今日はまだ怒られてはいない。


「やっぱり警備は厳重だよ。屋敷の周囲は、常に五人体制で黒スーツのおじさん達が昼夜問わず見回っているし」
「そりゃそうだわな」
「更にビザンの寝室がある廊下には、わたし達メイドも近付いたら駄目だって言われているんだ」

「ふーむ、メイドすらも近付けないんですかァ。それではビザンの寝室は一体誰が掃除をしているんでしょう?」
「寝室に入れるのはメイド長のベラっていう女の人だけだよ。あの人が掃除しているみたい。すごく厳しいんだ」

「……ともかく、いくら厳重な警備といえども交代の時間は必ずある。その隙に屋敷に侵入すりゃあいいんだよ」
「ティエルちゃんのお陰で、交代の時間と警備の配置は大体分かりましたからね」
「ビザンがボディガードを周囲に置かない、週に一度のお楽しみタイムに作戦は決行する。それがいよいよ今夜だ」


簡単に描かれたビザンの屋敷の見取り図を取り出したファング。
そこには幾つかのバツ印や時間が書き込まれ、警備が比較的薄い場所、交代の時間などが事細かく記されていた。


「そのお楽しみタイムっていう時間帯に一番警備が薄くなる場所っていったら……キッチンの勝手口かな」
「キッチンか。そういやお前はキッチン担当だって言ってたな」
「明日の分の仕込みが終われば消灯してコック達は部屋に戻っちゃうし、勝手口は周辺の警備の数も少ないと思う」

「よし、じゃあティエル。可能であれば今夜十時に勝手口の鍵を開けておいてくれ。オレ達はそこから忍び込む」
「分かった。わたしはキッチンの隣の休憩室で二人を待ってるよ。その時間帯には休憩室に誰もいないから」

「やっと作戦決行ですかァ。ファングとの悲惨なラブホテル暮らしもこれで終わりかと思うと、心底嬉しいですヨ」
「なにが悲惨なラブホテル暮らしだ。そもそも安いからあのホテルにしようってお前が言い出したんだろうが!」
「……今朝フロントで言われたんですヨ。『彼氏さんといつも一緒で本当にお似合いのカップルですね』って……」

「ラブホテルに男二人が一週間も泊まってりゃ、そういう風に見られるだろうが。そこまで考えてなかったのかよ」
「考えたくもありません。だって、よりにもよってこんな下品なおじさんとお似合いとか、僕に失礼ですよね?」
「お前が一番失礼なこと言ってるけどな!?」


早速言い合いを始めている二人を眺めながら、仲良しになって良かったなあとティエルは思いつつ立ち上がった。

「わたし屋敷に戻るね。休憩時間でもあまり長い間抜け出していたら怪しまれちゃうし。絶対に成功させようね!」
「おう、お前は早く戻りな。くれぐれも勝手に危険な行動するんじゃねぇぞ」
「休憩室で合流したら、ティエルちゃんは先に屋敷を逃げ出して下さいネ。通行証を盗むのは僕らの役目ですから」

それならば帰ったらすぐに荷物をまとめておかなければならない。イデアは最優先だ。あとは衣服も必要である。
流石にメイド服で町を歩けば目立ってしまう。誰にも知られないよう荷物を夜までに休憩室に隠しておかなくては。
テユーラ達に手を振りつつ、ティエルは屋敷までの道のりを走り始めたのだった。







「……あら? 今までどこに行っていたの、ティエル。メイド長が血相変えてあなたを屋敷中探し回っていたわよ」
「え?」
「シチューの鍋に火を掛けたまま持ち場を離れたわね! とか怒りの形相で言っていたから、覚悟して行きなさい」
「やばい、そういえばそうだった! これは久しぶりに滅茶苦茶怒られるだろうな……教えてくれてありがとう」

屋敷に戻ったティエルを出迎えたのは顔見知りのメイドである。
彼女の言葉で鍋のことを漸く思い出した。確かに休憩前から煮込んでいた。そしてそのまま出掛けてしまったのだ。
顔色を青くさせながら足取りも重くキッチンへと足を向ける。ジハードや大臣達のお説教よりも恐ろしいだろうか。

キッチンへと辿り着き、恐る恐る顔を覗かせたティエルに突如甲高い怒号が浴びせられた。


「ティエル、鍋をほったらかしにして一体どこに行っていたの!? 煮込み過ぎて使い物にならないじゃない!」
「ご、ごめんなさい」
「これじゃビザン様のお夕食に間に合わないわ。少し時間が遅れただけでも許さないお方なのにどうするのよ!?」

水分が殆ど蒸発してしまった鍋を前にして、完全にご立腹のメイド長の様子にティエルは思わず首を引っ込める。
ジハード並みの迫力である。ただし、彼は静かに笑顔のままで怒るので迫力のジャンルが大きく異なるのだが……。
どんどんと小さくなっていくティエルに、メイド長の長いお説教が始まった。


「……まぁ、よいではないか。そのくらいにしておけ。メイドも反省しているだろうし」


濁声が周囲に響き渡る。酒焼けしたような不快な声だ。振り返ったメイド長は声の主を一目見た瞬間に息を呑んだ。
俯いていたティエルは目を瞬きつつ顔を上げると、厨房の入口に鼻息の荒い豚のような醜い男が立っていたのだ。
贅を尽くし、でっぷりと肥えた腹。大きな顔。細い目に平べったい鼻。薄い頭髪は妙に脂ぎっているように見える。

男の背後には黒いスーツのボディガード達が控えていた。……もしや、この男が。


「ビザン様!? 何故このような場所に」
「ボクちゃんが自分の家のキッチンに行ったら駄目だって言うのかい? どこに行こうがボクちゃんの勝手だろう」
「失礼いたしました。……大変申し訳ございません、この新人がミスを犯しまして、お夕食はすぐに作り直します」

「よいよい。そのシチューも煮込み過ぎただけで食えないこともない。ボクちゃんは味が濃い方が好きなんだ」
「ですが……」
「どれ、新人メイド。こちらに来てボクちゃんによーく顔を見せておくれ」


気味が悪いほど満面の笑顔を浮かべたビザンはティエルから視線を外そうとはしない。
床で正座をしながら説教を聞いていたティエルは、ねっとりと絡み付くような視線を感じつつも渋々立ち上がった。
ビザンの視線が顔から胸へ、そして丈の短いスカートで露わになった太腿へと下りていく。正直大変不快であった。

「んっふっふ、合格ぅ! いいねいいね、すごぉく可愛いね。幼い顔、ぺったんこの胸。むちむちの太腿が最高!」
「ぺったんこの胸……」
「おいメイド長。今夜のボクちゃんの相手は、この新人メイドちゃんに決めた! 段取りはいつも通りで頼むぞ」
「は、はい。かしこまりました」

鼻歌を口遊みながら上機嫌で去っていくビザンに頭を下げるメイド長の隣で、ティエルは不満げに頬を膨らませる。
幼い顔やらぺったんこの胸やらむちむちの太腿やら、彼女が気にしていることばかりビザンに言われたためだった。
そんな特徴がビザンの隠れた性癖に突き刺さるとは一体誰が予想しただろうか。メイド長すら予想していなかった。


「あのおじさんがビザンなの? 想像していたひとと結構違うなぁ」
「様を付けなさい、様を! 誰が聞いているか分からないわよ。それよりもあんた、自分の状況を分かってるの?」
「あ、そういえば。わたしに決めたってビザン様が言っていたけど、今夜の相手って何をするの?」

「……ビザン様は、週に一回気に入った女を選んで寝室に連れていくのよ。そこで何をするのかは分かるでしょう」
「だから、何をするの?」
「あたしにそんなこと言わせないでよ。あんたは今晩、ビザン様と寝なくちゃいけないの!」

「ふーん。一緒に寝るんだ」
「ビザン様の屋敷に雇われた時点で、あんたもその覚悟はできているんでしょう? でもまさかこんな子供を……」


メイド長の言った『今晩ビザンと寝る』という言葉を、勿論ティエルは『添い寝をするだけ』だと受け取っていた。
そのため彼女は貞操の危機だというのに、ビザンに近付けるチャンスだとばかりに拳を握りしめて喜んでいたのだ。
ファングの話では、お楽しみタイムの最中は部屋の周辺にすらボディガードを置かない。通行証を奪ういい機会だ。

二人きりになった瞬間にビザンから通行証を奪い、屋敷に侵入したファング達と共に追手を倒して脱出すればいい。
しかし武器もない状態で一体どうやってビザンから通行証を奪おうか。相手は肥えているとはいえ小柄な男だ。
ファング達の到着を待たずに通行証を奪えるかもしれない。もしも奪えなければ時間稼ぎをすればいいだけである。


「あんたみたいな子供を差し出すのは気が引けるけど、ビザン様に目を付けられたらどうすることもできないわ」
「……」
「これで分かったでしょう? 屋敷のメイド達が次々と辞めていく理由が。あんたも気をしっかりと持ちなさいよ」

黙々と今夜の作戦を立てているティエルの様子が、メイド長には衝撃のあまり気落ちしているように見えたのだ。
気の毒そうにティエルに声を掛けるが、既にメイド長の言葉は彼女には届いていなかった。





+ Back or Next +