Lord of lords RAYJEND 第二幕「漆黒のクインテット」 第9章 おかえり
第94話 商都・エルラカーヒラ -3-
大ホールの扉を蹴破って姿を現したのは三人。服装から察するにこのエルラカーヒラの住人ではなさそうだ。
一人は黄色の髪のがっしりとした体格の粗暴な男。手には戦斧を持ち、どうやら扉を蹴破ったのはこの男のようだ。
もう一人は長い茶色の髪をした幼い少女。最後の一人は細身の体格のエルフ族の青年。それぞれ武器を構えている。
無論この三人とはファング、ティエル、テユーラである。
突然の出来事に呆気に取られているイムイム達側近は勿論、商王ウシャムですら口を開けたまま立ち尽くしていた。
サンドワームだけがそのままイムイムに喰らい付こうとするが、前に飛び出したファングの戦斧によって倒される。
斧にどろりと付着した粘着力のある体液を振り落とし、ファングは腰の抜けているイムイムを蹴り飛ばしたのだ。
「い、痛いっ!?」
「痛いじゃねぇよ、この短小包茎スットコドッコイが! 物事をすぐに諦めるなって散々お前に教えたはずだぜ?」
「ファングのアニキ……こんなボクのためにエルラカーヒラに帰ってきてくれたんだね!? アニキ大好きだよぉ」
嬉しそうに腰を擦りながら身を起こすイムイムだが、ファングの側に立っていたティエルとテユーラに目を留める。
「あれっ、そっちの女の子とお兄さんは誰だい? もしかしてアニキの娘さんとハンター仲間だったりするのかな」
「バカ野郎! 早速ボケかますんじゃねぇ。オレはまだこんなに大きな娘っ子がいる年齢じゃ……でもあるか」
「初めまして、あなたがイムイムさん? わたしはティエル。ファングのお友達で、今回はお手伝いに来ました!」
「僕はテユーラですヨ。お茶目で謎に包まれたミステリアスなお兄さんです。よろしくお願いしますネ」
「ティエルちゃんとテユーラくんかぁ。……ボク、実は女の子と話すの物凄く久しぶりだから緊張しちゃうな……」
「フフフ……君ってばチェリーボーイ丸出しですねェ」
ティエルに笑顔を向けられて照れたように顔を赤くさせるイムイム。女性に免疫がないのは本当のことのようだ。
その様子をにやにやとした笑みを浮かべながらテユーラが眺めている。こんな緊迫した状況で場違いなやり取りだ。
漸く我に返った商王ウシャムは、己が生み出したサンドワームの無残な姿を目にすると醜く口元を歪めて見せる。
「誰じゃこの者達は、イムイムの知り合いか? こんな者達を呼び寄せたとて……今更どうすることもできぬぞ」
「!」
「まぁよいわ。たとえどんな者が現れたとしても、この魔笛さえあれば無限にサンドワームを生み出せるのじゃ!」
商王ウシャムが奇妙な旋律を奏で始めると、煙と共に彼の周囲に次々と巨大なサンドワームが生み出されていく。
向かってくるサンドワームを周囲の側近達を守りつつ息の根を止める。倒し方のコツさえ掴めば敵ではなかった。
サンドワームは頚椎の部分が非常に脆い。弱点目掛けて剣を振り下ろせば、もう二度と起き上がることはない。
二体目のサンドワームをファングが叩きのめした時。先程からテユーラが浮かない顔をしていることに気が付いた。
「おいテユーラ。いつもへらへら笑っているくせにらしくもなく浮かない顔しやがって、一体どうしたんだよ?」
「いえ……商王が手にしている魔笛をどこかで見たような気がするんですよねェ。遠い昔だと思うんですけど」
「どうやらあの笛がサンドワームを次々と生み出している原因に違いねえな。とんでもない笛があったもんだぜ!」
「あの笛は一ヶ月前、ウシャム様が怪しい商人から買い取ったガラクタだったんですよ!」
「手に入れた日からウシャム様の様子がおかしくなったんです。まさかサンドワームを生み出す笛だったなんて」
イデアを構えているティエルの背後で側近の二人が震える声で呟いた。
魔物を生み出すことができる笛。無から作り出される存在。恐らく高度な召喚魔法が封じ込められているのだろう。
ゾルディス王国のアンデッド兵士のような存在なのかもしれない。あの王国には恐ろしい禁呪の使い手が存在する。
あれほど多くの亡者を生み出しているゾルディスの魔術師とは、一体どんな者達なのだろうか。
「……まるでゾルディス王国のアンデッドみたいだね」
「ティエルちゃん。どうしてそんな風に思うんですか?」
「自分達の意志すらもなく、ただ無から生み出されて利用されるだけの存在が……少し似てるなって思ったんだ」
「フフフ、そうかもしれませんねェ」
「生み出された存在は一体何を思って行動しているんだろうって。彼らはただ与えられた命令を聞くだけなのかな」
「君はそんなことを考えなくていいんですヨ。女の子に暗い顔は似合いません。いつも笑顔でいてほしいんです」
にこりと満面の笑顔を浮かべたテユーラは、身を翻すと側近の一人に向かって行くサンドワームに杖を叩き付ける。
細身の身体に似合わず魔力の込められた杖の打撃は、いとも簡単に魔物の頭蓋骨を粉々に砕いてしまう。
長いベビーピンクの三つ編みが宙を舞い、彼は軽やかな足取りで続けて二体目のサンドワームへと向かって行った。
テユーラと出会ってから、既に一ヶ月以上が経つ。
初めて彼を目にしたときは、誰かによく似ているような気がした。だが、今では彼は彼なのだと思うようになった。
一人異国の地に飛ばされたティエルの大きな支えとなってくれた存在だ。彼がいてくれたからここまで辿り着けた。
次から次へと姿を現すサンドワームの首を、渾身の力を込めてティエルはイデアで斬り落とす。
安堵の息をつく間もなく次のサンドワームを相手にする。商王の笛の旋律は止むことなく魔物を作り上げていった。
その時。既に息の荒いファングがティエルの隣に立つ。既に彼の斧は魔物の体液でどろどろになっているようだ。
「ったく、サンドワームの強さは大したことがねぇんだけどよ……側近達を守りながら戦うってのが相当きついな」
「……ねぇファング」
「あぁん!?」
「わたし思ったんだけどさ」
「なんだよ、さっさと言いやがれってんだ!」
「……サンドワームを倒していくんじゃなくて、あのおじいちゃんが持ってる笛を壊せばいいんじゃないのかな?」
暫しの沈黙。
確かに無限に生み出されていくサンドワームを相手にするより、その発生源である魔笛を壊してしまえばいいのだ。
ティエルの言葉に沈黙を続けていたファングは、その手があったかと指を鳴らす。少々気付くのが遅かったが……。
「よっしゃティエル、標的変更だ。商王の持っている魔笛を叩き壊せ! テユーラはサンドワームの相手を頼む!」
「了解!」
「はーやれやれ、分かりましたヨ。人使いの荒いおじさんですねぇー」
「ふん、標的をワシの魔笛に定めたところで同じこと。指一本ワシに触れぬほど魔物を壁にすればいいんじゃよ!」
ティエル達の標的が変わったことに気付いた商王は、すぐさま魔笛によってサンドワームを己の周囲に配置する。
これならばたとえ誰が向かってきても魔物の壁によって阻まれるだろう。……しかしその余裕の笑みが凍り付いた。
武器を構えたティエルとファングは全く怯まずに向かってきたのだ。魔物の壁を壁とすら思っていないようだった。
「今だティエル、オレの背中を駆け上がれ!!」
先陣を切ってサンドワームの群れの中に突っ込んで行ったファングは、背後に続くティエルを振り返る。
僅かに頷いて見せたティエルは強く地面を蹴ると彼の背に飛び乗り、そのまま踏み台にして魔物の壁を飛び越えた。
咄嗟のことで目を白黒とさせているウシャムの前に着地すると、ティエルはにっこりと可愛らしい笑顔を浮かべる。
「おじいちゃん、ごめんね」
「!!」
その可愛らしい笑顔のままで、イデアを振り下ろした。頑丈な刃は商王の手にした魔笛を真っ二つにしてしまう。
放物線を描きながら遠くへ飛んでいく笛を慌てて拾おうと駆け出した商王だが、それよりも早く誰かの手が伸びる。
真っ二つに折れてしまった魔笛を無表情のまま手に取り、しげしげと眺めていたのは他でもないテユーラであった。
「そこの若造、命が惜しくばその魔笛を寄越せ!!」
「……」
「おい、聞いているのか!? お前など、魔笛の力がなくともワシの鍛え抜かれた拳だけで簡単に殺せるんだぞ!」
「この魔笛を一体どこで手に入れたのかは知りませんが、君には過ぎた玩具ですヨ。返してもらいましょうか」
「えっ?」
「……ああ、どうして……随分昔に処分したはずの失敗作の笛が、こんな場所で見つかるんでしょうねぇ……?」
狂気を含んだ赤紫色の瞳に見つめられ、商王ウシャムは恐怖のあまり己が失禁をしていることに気が付いたのだ。
足が震えて力が入らない。この三つ編みの青年は、非常に危険な人物なのだと全身が関わることを拒絶している。
細い身体に美しい顔。一見するとただの優男に見えるが、まるで狂気の塊だ。……魔物よりも、魔物のような存在。
そんな商王から視線を外して無造作に魔笛を床に叩き付けたテユーラは、そのまま粉々に靴で踏み潰した。
ぐしゃりという音がホールに響き渡り、同時に商王ウシャムは脱力したかのようにその場に崩れ落ちてしまう。
町中至る所で暴れ回っていたサンドワーム達は、魔笛が破壊されたと同時に煙のように消え失せてしまったようだ。
エルラカーヒラ市街地のあちこちでは黒煙が上がっており、激しい攻防戦が繰り広げられたのだろう。
呆然と座り込んでいた商王ウシャムは自警団達に捕らえられ、これが商王と呼ばれた男の呆気ない幕引きであった。
連行されていく商王ウシャムの後ろ姿を、ファングに支えられたイムイムはどこか寂しげな表情で眺め続けていた。
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「おっ、ファングさんとイムイム! 街中のサンドワームが突然みんな消えちまったんだ。ありゃ何だったんだ?」
ティエル達が宮殿の外へ出ると、後始末のために走り回る自警団の男と再会する。
あれほど大混乱だった割には報告されている死傷者は少ないというが、魔物に破壊された町の損害は計り知れない。
「ポンベさん。あんたも無事で良かったよー!」
「自警団のエースと呼ばれるオレが魔物どもに負けるわけないだろ。で、やっぱり商王が全ての元凶だったのか?」
「その話については自警団長に呼び出されているんだ。ボク、上手く説明できるか分からないけど……」
「生き残った側近の一人のお前は重要参考人なんだぜ? ったく、上手く説明できないで済む問題じゃねぇんだよ」
「ファングのアニキ……」
「やっぱり幾つになっても甘ったれた弟分だな。……ん? そういえば、ワープゲートは破壊されてねぇだろうな」
ぐりぐりと拳でイムイムの後頭部を突いていたファングだったが、急に思い出したようにあっと声を上げたのだ。
確かに町の至る所がサンドワームの出現によって破壊されている。ワープゲートが無事だという保証はない。
そもそもティエルとテユーラがこのエルラカーヒラに足を踏み入れたのは、ワープゲートで元の場所に帰るためだ。
「もしも壊れていて使えねぇってことになったら、さすがのオレでもティエルとテユーラに顔向けができねぇ……」
「ファングさん達はワープゲートが目的だったんですかい? あの周辺には魔物の出現もなかったし、無事でさぁ」
「あーよかったぁ! 壊れて使い物にならなくなっていたらどうしようかと思った」
「その時はまた別の方法を考えるだけです。何はともあれワープゲートが無事で良かったですネ、ティエルちゃん」
「うん! ……でもすぐには使用できないよね? 町は今こんな状況だし、もう少し落ち着いてからになりそう」
できれば今すぐにでも帰りたい。ジハードの無事な姿を確認したい。サキョウやヴィステージの顔が見たかった。
だがエルラカーヒラの情勢は現在混乱中である。どんなに帰りたくても一人だけ我が侭を言うわけにはいかない。
「……ティエルちゃん、テユーラくん。アニキから聞いたけど、キミ達はワープゲートを使用したいんだってね」
「そうなの! ねえお願いイムイムさん、こんな時に申し訳ないんだけど……できるだけ早く故郷に帰りたいんだ」
「僕はまぁ……そこまで帰りたいわけでもないんですけどネー。ティエルちゃんのためにも早くお願いしますヨ」
「おにいさん、またそういうこと言ってるー!」
「だってどちらでもいいのは本当のことなんですもーん。むしろ、僕が帰らない方が平和説までありますからネェ」
「……テユーラお前、故郷で一体何をやらかしやがったんだよ!?」
「フフフ」
「フフフじゃねぇっての!」
「キミ達二人とファングのアニキは、このエルラカーヒラの恩人だから……精一杯のお礼をさせてもらいたいんだ」
ティエル達を優しく見つめるイムイムの黒い瞳。目付きの鋭いファングとは違い、おっとりとしたふくよかな男だ。
かつてはファングと実の兄弟のように過ごしていた男。そして、彼はファングとは違う道を選んで生きている。
「ワープゲートの件はどうかボクに任せてくれないかい? できるだけ早く許可を貰うよう努力するから待ってて」
「……おいおいおい、イムイムの野郎に任せていても大丈夫なのかよ?」
「酷いよアニキ! ボクはいつまでも役立たずで泣き虫弱虫のイムイムじゃないよ。一応商王の側近だったんだぞ」
「あぁん? サンドワームを前にして小便チビって震えていたくせによ。あ、そうそうお前、包茎は治ったのか?」
「小便漏らしてなんかないってば! アニキったら、女の子もいるのに包茎とか大声でバラさないでよ……」
「フフフ……大丈夫ですヨ、イムイムさん。仮性包茎ならばまだ望みはあるはずです。希望は捨てないで下さいネ」
「テユーラくんも、ファングのアニキの話に乗らないでよ!? ……ところで、まだ望みがあるって本当かい?」
「みんな楽しそうでいいなー!」
目の前で繰り広げられる会話の殆どが理解できない内容であったが、ティエルは思わず笑いを噴き出したのだった。
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